♯202
プールからの帰りの電車で、真琴の意外な一面を知る千鶴と未乃梨。
そんな真琴と千鶴の出会いに、未乃梨は不安を抱かずにはいられなくて……?
「あ、そうそう」と、真琴は何かを思い出したようにスマホを取り出した。
「よかったら、未乃梨ちゃんと千鶴ちゃんのメッセ教えてもらってもいい?」
「いいですよ。こっちで」
「私のはこれです」
未乃梨と千鶴がそれぞれスマホを取り出して間もなく、二人のスマホの画面に着信のアイコンが現れた。
早速送信されてきた画像に、千鶴は目を見開いた。
画像には、白地に幅が広めの紺色の襟の、長袖のセーラー服に紺色のボックスプリーツのスカートの真琴が、同じ制服の同級生らしい少女たちと写っている。
他の少女たちと丈が同じでも一人だけ膝小僧が丸見えになっているスカートが、千鶴ほどではなくても女の子としては明らかに高い方の真琴の身長を物語っている。
「え? これって真琴さんの学校の制服ですか?」
「悠修学園ってセーラー服なんですね? この箱ひだスカート、シックで良いかも」
未乃梨は、画面に映る真琴の制服姿と目の前の本人を何度も見比べた。
「あたしが着るとイマイチ可愛くないんだよねえ。一番大きいサイズでもスカートがミニっぽくなっちゃうしさ」
困ったように言ってみせる真琴は、言葉と裏腹に自分の学校の制服を気に入っているようだった。
今日のプールで見た起伏のある真琴のボディラインを直線的なセーラー服が引き締めて、爽やかで活動的な印象を生んでいる。真琴の色が明るめの長いストレートの髪も、落ち着いた配色のセーラー服に映えて華やかさを添えていた。
「二人とも発表会、頑張ってね。予定合いそうなら聴きに行くよ」
「真琴さん、良いんですか? ……私、コントラバス始めてまだ四ヶ月ぐらいですけど」
「でも、ソロを弾いてみないかって誘われたんでしょ? 未乃梨ちゃんも伴奏してくれるんだし、自信持ちなね?」
どこか弱腰な千鶴に、真琴は年上らしく励ますように微笑む。それを見て、未乃梨はどうしても眉尻が上がりそうになってしまうのだった。
電車が千鶴と未乃梨の家の最寄り駅に止まると、真琴は二人に手を振った。
「あたしも秋にヴィオラで出る演奏会があるから、そっちも後で知らせるね。それじゃ、またね」
ホームに下りた千鶴と未乃梨は、真琴が乗った電車が出るのを見届けると、駅の改札を通った。いつものように、未乃梨が千鶴の手を握ってきた。
「真琴さん、楽しい人だったね。演奏会、聴いてみたいかも」
「千鶴、行くんなら私と一緒ね? 一人で行くのはダメだからね」
駅からの夕陽に色付いた帰り道を歩きながら、未乃梨は千鶴に可愛らしくむくれてみせた。
「わかってるよ。これから、私は発表会の練習で、未乃梨はコンクールかぁ。しばらく、離れ離れになっちゃうね」
「うん。……そうだね」
未乃梨の声に、陰りが差した。
「どうしたの?」
「あのね、千鶴」
未乃梨は、先ほどのむくれ顔が嘘のように神妙な面持ちで、千鶴の顔を見上げた。
「私もコンクール、頑張るから、千鶴も、凛々子さんにしっかり教わって、上手くなってね。約束よ」
「わかってる。発表会、いい演奏にしようね」
明るく頷く千鶴に、未乃梨は自信なさげに尋ねる。
「ねえ。千鶴にひとつ、お願いして、いいかな」
「珍しいね。何?」
未乃梨は、意を決したように自分の腕を千鶴の長い腕に絡ませながら、千鶴の顔をもう一度見上げた。
「午前中に、プールのスライダーでボートから下りるとき、私あんなことしちゃったじゃない? 千鶴のほっぺに、ほら」
「あれは事故だったし、私は気にしてないから、大丈夫だよ。誰にも言わないから、ね?」
落ち着かせようとする千鶴に、未乃梨は顔を小さく横に振る。
「そうじゃないの。気にしてほしいの」
「どういうこと?」
「私、やっぱり千鶴が好き。千鶴が私をどう思っていても構わないから、千鶴のことを好きでいさせて。コンクールと発表会が終わったら、ほっぺにじゃなくて、ちゃんと、させて」
「未乃梨、私にキス、したいの?」
「うん。千鶴、学校でもクラスの女の子とか、部活の先輩たちとか、凛々子さんとかと仲良いじゃない? 今日だって、初対面の真琴さんともあんなに打ち解けちゃってさ」
「それは……」
千鶴は言葉を詰まらせた。未乃梨の上げた少女たちの中に、千鶴にとってもはや特別な位置を占めつつある名前が上がっているだけに、千鶴は何も言えなくなってしまう。
未乃梨は、いつもの帰り道の街路樹の側で、千鶴の手を取ったまま足を止める。
「私、時々不安になっちゃう。千鶴と一緒にいたくて吹奏楽部に誘ったのに、千鶴ったらどんどん遠いところに行っちゃいそうで。だから」
未乃梨は、そっと正面から千鶴に抱きついた。
「もう、何言ってるの。未乃梨ったら、そんなに私のことが心配?」
「うん。だから、少し、こうさせて」
帰り道の街路樹の陰で、未乃梨はしばらくの間、千鶴の鼓動を確かめるように抱きついた。
(続く)




