♯201
プールからの帰り道、千鶴や未乃梨と同じ電車に乗る真琴。
音楽のことを話す真琴は、どこか優しくて……。
午後四時を過ぎる頃には流石に太陽は傾いていて、そろそろプールの敷地内を照らす陽射しも色付いて弱まり始めていた。
「もうちょい遊びたいけど、そろそろ引き上げますか」
存分に泳いでプールを楽しんだらしい高森が伸びをすると、すっかり他の面々と馴染んだ真琴がくすくすと軽く笑う。
「ナイトプールとか楽しそうだけどね。女の子だけで行ったりとかさ」
「いいねそれ。高校出たら、そういうお遊びやりたいね」
植村が話に乗った後ろで、未乃梨は真琴の言葉に目を丸くしていた。
「夜に行くプールなんて、あるんだ……」
「お? そういうの、興味あるんだ?」
織田に放心しかけた顔を覗き込まれて、未乃梨は手を振って打ち消す。
「そ、そんな、まだ高校生だし、そういうところってまだ早いと思うし……!」
「じゃあ、今の未乃梨ちゃんが大人だったら誰かと行ってみたい?」
「えっと……まあ……」
未乃梨は、高森や植村に「江崎さん、ナイトプールとかでも女の子にモテそうだね?」とか、「今日みたいに美人な年上引っ掛けるなよ?」などとからかわれて顔を赤くする千鶴に視線を向けてから、目を伏せる。
「本当に、好きなんだね?」
「はい。……だから、不安なんです」
「相談なら乗るよ。桃花高校のバンドメンバーでも、女の子同士で付き合ってる子とかいるしさ?」
「……はい」
未乃梨の表情から、少しだけ暗さが消えた。
プールの更衣室で着替えてゲートを出ると、外はそろそろ空が色付く時間になっていた。陽射しが弱まってもまだまだ熱い夏の風が、千鶴には中学校で運動部の助っ人をやっていた頃を思い出されて、心地良く感じる。
(まさか、高校で文化部に入って楽器を始めて、夏休みに未乃梨や先輩たちと遊びに行くなんて、ね)
紫ヶ丘高校の最寄り駅で、電車の中でも賑やかに話していた高森や植村や織田と別れると、千鶴は電車の中で少し気まずい空気を味わった。
(真琴さん、まさか帰りが同じ方向だったなんて……)
程良く混んだ電車の中で、シャツワンピの未乃梨をTシャツにクロップドパンツの千鶴とオフショルダーのトップスに短めのフリルスカートの真琴が挟む形で立っていた。
「未乃梨ちゃん、そのシャツワンピ可愛いじゃん? もしかして甘いコーデとか似合っちゃう感じ?」
「えっ!? そういうの、あんまり考えたこと、なくて……」
先程から未乃梨の調子を狂わせる真琴は、改めて見ると千鶴ほどではなくても高校生の女子としては明らかに高い方だった。おそらく、未乃梨の父と並んだら同じぐらいだろうか。
「あたし、甘めコーデ好きなんだけど身長伸び過ぎちゃってやりづらいんだよねー。千鶴ちゃんみたいなボーイッシュなのもイマイチ決まんないしさ」
「でも、本番の黒いスカートとか似合いそうですよね? 大人っぽくて」
千鶴に問われて、真琴は口角を微かに上げる。
「ありがと。千鶴ちゃんをデートに誘うならお姉さんっぽいコーデ、ってことね」
「ちょっと真琴さん? ダメですよっ!」
眉尻を上げる未乃梨に、千鶴は白旗を上げた。
「未乃梨、真琴さんは冗談で言ってるだけだから、あんまり怒らないでね? ほら、夏休みの後半は一緒にお祭りに行くんだし」
「おー、いいじゃん。未乃梨ちゃん、浴衣とか着たら千鶴ちゃんを落とせるかもね?」
どこまでも面白そうに未乃梨に接する真琴に、千鶴はこの場にいない人物を思わずにはいられなかった。
(真琴さん、どこか凛々子さんっぽいんだよね。大人っぽいし、ヴァイオリンやってるって言ってたし……そうだ)
千鶴はふと思い立って、真琴に尋ねる。
「近いうちにヴァイオリンで演奏会に出たりとか、するんですか?」
「実は、今習ってる先生に勧められてヴィオラを勉強してるんだけど、そっちの本番が秋にあるかも。千鶴ちゃんは?」
「知り合いに誘われて、二学期に発表会に誘われてます」
「発表会? コントラバスでソロを弾くの?」
「はい。未乃梨の伴奏で、『オンブラ・マイ・フ』って曲をやるんです。あと、合奏でヴィヴァルディの『調和の霊感』とか」
「発表会で合奏もやるんだ? いいね。ところで」
真琴は、しげしげと未乃梨を見た。
「未乃梨ちゃん、ピアノも弾けるんだ? じゃあ、夏休みは千鶴ちゃんと一緒に練習する感じ?」
「それが、夏休みの後半は吹奏楽部のコンクールがあるんで、そっちが終わるまではしばらく千鶴と一緒に練習できないんです。千鶴は初心者なんでコンクールメンバーじゃないし」
「そっかぁ。じゃ、発表会は楽しまなきゃね? 千鶴ちゃんは初めてのソロだろうし」
真琴の表情に、千鶴がよく知る穏やかな真面目さがうっすらと差した。
(音楽のことを離す時の真琴さん、やっぱり凛々子さんみたい。何か、優しそうで頼もしいっていうか)
千鶴は、真琴に頷いた。
「夏休みの間にしっかり勉強するつもりです。初めてのこと、色々ありますし」
「頑張んなきゃね? 二学期、楽しみだね」
どこまでも、真琴は音楽のことを話すときは優しかった。それは千鶴と未乃梨のどちらから見ても、凛々子のことを思い起こさずにはいられなかった。
(続く)




