♯200
千鶴がプールにいても何故か思い出してしまう、凛々子のこと。一方で未乃梨は「ワイルドスラローム」を下りてからも千鶴のことが頭から離れなくて……?
「ワイルドスラローム」のボートを下りてから、千鶴はどうにも座りの悪い気持ちで過ごした。
二周目の「ワイルドスラローム」で一緒に順番待ちをしている時の未乃梨は不機嫌でこそないものの、千鶴と腕を組んできたり、側にいる時に手を握ってきたりと妙に距離感が近い。
「もう。未乃梨、今日は甘えたさんな気分なの?」
「そう、かも」
否定する様子もなく、未乃梨は明るく笑ってみせた。
千鶴たちは次に、「スプラッシュビーチ」という、何十基もあるスプリンクラーから断続的に放水が飛んでくる、午前中に真琴と会った「オーシャンウェーブ」と同じくらい広いプールにやってきた。
「よっしゃ、行きますか!」
早速、ビキニの上にショートパンツを重ねた高森が、男の子のような活発さで四方八方から飛んでくる水を気にすることもなく、奥に行くほど深くなっているプールに飛び込んでいく。
「未乃梨ちゃん、一緒に行こ!」
千鶴にずっとくっついている未乃梨の背中を、真琴が押す。
「ほらほら、気持ちいいよ!」
「え、二人とも、ちょっと!?」
織田からも手を引かれて、未乃梨は千鶴から引き離されるとスプリンクラーの水が乱れ飛ぶプールへと連れて行かれてしまった。
呆気に取られる千鶴の隣で、植村がプールの水位が腰に来る辺りで高森や織田や真琴と水を掛け合っている未乃梨に目をやった。
「小阪さん、あんなにはしゃいじゃって。ま、あの三人が側にいれば安心か」
高森や紺色のスポーティなセパレートを着けた織田やオレンジのフリルが着いた黒いビキニとガーターリングを着けた真琴に囲まれている、ショートパレオを巻いた濃いめのピンクのビキニの未乃梨は、遠目にも可愛らしい。
そんな未乃梨をプールには入らずに遠巻きに見ている千鶴の顔を、植村が横から見上げる。
「江崎さん、もしかしてホッとしてる?」
「……ちょっと、してます。未乃梨、今日は私に甘えたい日だったらしくて」
「小阪さん、さっきまで江崎さんにべったりだったもんねえ」
植村は近くのベンチに腰を下ろすと、自分の隣をぽんぽんと叩いて千鶴を誘った。
腰を下ろした千鶴は、改めて未乃梨を見た。
(今日の未乃梨、やっぱり可愛いな……でも)
水着姿の未乃梨は、今まで見た中では千鶴の目を引く方だ。それでも、千鶴には未乃梨からは見ているだけならどきりとさせられる刺激は感じない。
ここにはいない誰かの水着姿と未乃梨を比べている様な気がして、千鶴は後ろめたそうに未乃梨から目を逸らした。
不意に植村が、千鶴に「ちょっと耳を貸して」と小声で誘う。
「……江崎さんさ、今、別の女の子のこととか、ちょっと考えちゃった?」
「どうして、そんなこと?」
「未乃梨ちゃんにくっつかれても、あんまり嬉しそうじゃないっていうか。江崎さん、実は気になる女の子、他にいるの?」
耳元で話す植村に、千鶴は言葉を詰まらせる。この場にいない、千鶴が今着ているフリルやチュールであしらわれた水色のセパレートの水着を選んだ人物の姿が思い出されて、千鶴は俯いた。
(……どうして、さっきから凛々子さんのことばっかり思い出しちゃうんだろう。そりゃ、色々お世話になってるし、コントラバスだって教わってるけど……)
千鶴の中を、ぐるぐると割り切れない思いが堂々巡りを始めていた。不意に、「スプラッシュビーチ」に降りかかるスプリンクラーの水を浴びた客の誰かの歓声が聞こえて、千鶴はどきりと顔を上げる。何故か、襟ぐりに白い幅広のフリルが付いた、黒いワンピースの水着を試着した凛々子の姿を、千鶴は思い出していた。
(今日、凛々子さんも来てたら、もっと楽しかったのかな)
未乃梨は、高森や真琴に水を掛けられたり、時折「スプラッシュビーチ」の外縁から内側に向かって噴き出して来るスプリンクラーの水を浴びせられて悲鳴を上げたりしながら、ふとプールに入らずに遠くのベンチで植村と座っている千鶴を見た。
(千鶴、植村先輩と何話してるんだろ?)
小首を傾げる未乃梨の肩を、誰かがつついた。
「未乃梨ちゃん、千鶴ちゃんのこと、気になる?」
真琴に尋ねられて、未乃梨は答えあぐねた。
「……別に、そういう訳じゃ」
未乃梨は改めて真琴の顔を見上げた。千鶴ほどではないものの、高い背丈は男の子と向かいあっているようで、妙に落ち着かない。そのくせ、明るめの色の長いストレートの髪やフリルの付いた黒いビキニの水着の胸元や腰回りはしっかりと盛り上がって、それは未乃梨があまり思い出したくない人物にどこかしら似ているようにも思えてしまう。
(真琴さん、何だか凛々子さんみたい。千鶴とすぐに仲良くなっちゃったこととか、ヴァイオリンをやってることとか)
未乃梨の物思いを、背後からの歓声が押し流した。
「せーの、それっ!」
「未乃梨ちゃんはナンパしちゃダメだよ!」
背後から近寄ってきていた高森と織田が、未乃梨と真琴に盛大にプールの水を掛けてきた。
「きゃあっ!」
思いっきり水を浴びてプールの中に倒れ込みそうになる未乃梨を支えると、真琴は二人に反撃にかかる。
「やったな! お返しっ!」
思わず真琴の背後に隠れながら、未乃梨は「ワイルドスラローム」でしがみついた千鶴の背中を思い出していた。
(……もっと、千鶴にくっついていたいって思っちゃ、ダメなのかな)
(続く)




