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♯198

二人乗りのボートに乗る「ワイルドスラローム」にはしゃいでみせる未乃梨。

その未乃梨の中の不安が、千鶴にも見え始めたようで……?

「ワイルドスラローム」のボートに乗り込む頃には、未乃梨(みのり)は先程のような嫉妬で千鶴(ちづる)に噛みつくような態度はすっかり影を潜めていた。

 順番待ちの間も、乗り場でボートに乗り込む時も未乃梨はすっかり上機嫌で、ボートが着くと未乃梨ははしゃいだ声を上げた。

「千鶴、乗ろ!」

「おっけ。じゃ、行ってきます」

 千鶴は後の順番の高森(たかもり)たち二年生に手を振ると、ボートに乗り込む。その千鶴の耳に、真琴(まこと)の声が届いた。

「行ってらっしゃい。未乃梨ちゃんと楽しんでね」

(……もう、真琴さんたら)

 二人乗りのやや縦長のボートの前に乗り込むと、後ろの座席に座った未乃梨の重みが振動になって伝わってくる。

「……これ、お昼前に乗ったやつみたいに、揺れるかなあ」

 言葉だけは不安そうで、口調は真逆の後ろの未乃梨の声に、千鶴もつい口角が上がる。

「大丈夫だよ。しっかりつかまっててね」

 二人を乗せたボートが、スタッフに引かれてスタートラインについて、ゆっくりとレーンを流れ始めた。


 千鶴と未乃梨を見送る真琴を、植村(うえむら)が呼んだ。

「真琴さん、もうすぐあたしたちの番だよ」

「はーい。……植村さん、だっけ。ちょっと、聞いていいかな」

「ん、何?」

「……もしかして、未乃梨ちゃんって千鶴ちゃんの彼女、ってわけじゃなかったりする?」

 声を落として尋ねる真琴に、植村は「あー、それなんだけど」と言い淀む。

「あの二人、同じ中学の同級生で仲はすっごく良いんだけど、そういう感じではないかも。どうして?」

「千鶴ちゃん、未乃梨ちゃんにちょっと困った顔をしてるのが見えちゃったから、もしかして、って思ってね」

 ボートの乗り場に進みながら、真琴は千鶴たちがボートに乗って流れていった、うねるように曲がるレーンの先を見つめる。

「その辺、ちょっと複雑かも。江崎(えざき)さんに弦バスを教えてる女の子に小阪(こさか)さんが嫉妬したりとかしちゃうくらいだしね」

「千鶴ちゃん、ヴァイオリンやってる人に教わってるって言ってたけど、その人、高校生なの?」

 真琴は不思議そうに目を見開いた。植村も、少しばかり嘆息を交えていくつかのことを思い返す。

「あたしらと同じ高校二年生さ。んで、しょっちゅう放課後に江崎さんに教えに来てるから、小阪さんもちょっと嫉妬しちゃってね」

「ちょっとした三角関係、ってやつか」

「そんなとこ。ま、色々あるんよ」

 乗り場にボートが流れてきて、スタッフの指示で身長の高い真琴が前に、植村が後ろに乗り込む。ボートが動き出すまでの少しの間、真琴はぼんやりと思いを巡らせた。

(千鶴ちゃんと未乃梨ちゃんの間に挟まってるヴァイオリンをやってる子……一体、誰なんだろ)


「ワイルドスラローム」のボートに乗り込む待ち時間の間、高森は織田(おりた)と他愛もない話に花を咲かせていた。

(れい)、千鶴ちゃんと未乃梨ちゃん、うまくいきそう?」

「どうかなあ。あの距離感で、あの二人って付き合ってるわけじゃないしなあ」

 高森は考えあぐねたような顔をした。

「江崎さんの周りに他の女の子がいなけりゃ面倒な話にはならないんだけど」

「……何それ。千鶴ちゃん、二股でも掛けてたわけ?」

「それが、そういう不純なやつでもないんだよね。江崎さんに弦バス教えてる紫ヶ丘(うち)の二年の女子がいるんだけど、コンクールの練習の間もずっと指導してくれてたみたいでさ」

「一方で、コンクールに出る未乃梨ちゃんは千鶴ちゃんと一緒にいられなかった、って訳か」

 織田は何とも言いづらそうな表情でボートが流れて行く先を見つめる。

「未乃梨ちゃんの気持ち、千鶴ちゃんも知らないはずはないだろうけど……一番辛いのって、未乃梨ちゃん、だよね」

「ま、我々としちゃ、見守ってあげるしかできないっていうかさ」

 いつの間にか間近に迫っていたボートに乗り込む順番に足を早めつつ、高森も織田もずっと先にボートで滑っていった二人に、思いを巡らせた。


 大きく左右にカーブしては時折空中に飛び出しそうな起伏が仕掛けられている「ワイルドスラローム」のレーンを、千鶴と未乃梨が乗ったボートは進んだ。

「……きゃああっ!」

 ボートが揺られて上がった水飛沫を浴びるたびに後ろから聞こえる未乃梨の歓声に、千鶴は少し安心をした。

(よかった。機嫌、直してくれて)

 午前中に乗ったスライダーの回転するゴムボートとは別種の、爽快感のある揺らぎと程よいスピードで進むボートの後ろに乗っている未乃梨は楽しんでくれているようだ。

 その未乃梨の両腕が、後ろからするりと千鶴の腰に回る。

「……千鶴、つかまってて、いい?」

「いいよ」

 千鶴に了承されて、レーンを走るボートの上で未乃梨の細い両腕が千鶴に後ろからしっかりとしがみついた。千鶴の背中に未乃梨の胸元が押し当てられて、濡れた水着越しに感じる温かくて張りのある膨らみの感触が千鶴の心をざわつかせる。

(未乃梨、そこまで怖い揺れ方とかしてないのに……どうして?)

 千鶴の戸惑いをよそに、ボートはレーンの終点へと近づいていた。


(続く)

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