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♯197

真琴に凛々子のような印象を抱いて警戒してしまう未乃梨。

その真琴は、コントラバスを弾く千鶴に関心が出てきたようで……?

 未乃梨(みのり)真琴(まこと)に対する不安のような気持ちは、少しずつ膨らみ始めていた。

「ところで千鶴(ちづる)、真琴さんに変なことしてないよね?」

「あ、あのね、未乃梨? 私は真琴さんに落とし物を渡しただけだからね?」

 今日の何度目かの困り顔をする千鶴に、真琴も助け舟を出した。

「まさか私も水着のガーターリング落とすとは思わなくてさ。千鶴ちゃんのお陰で助かったよ」

 自分の左の太ももを指差す真琴に、未乃梨はむっと口をつぐみかけた。並の男子より背の高い千鶴ほどではないとはいえ、それでも高身長の真琴の太ももは未乃梨よりは長くすらりとしていて、それがますます未乃梨には忌々しく思えてくる。

「……千鶴、真琴さんにガーターリング巻いてあげたりとかしてないでしょうね?」

「そ、そんなことする訳ないでしょ?」

 千鶴は不機嫌が加速しそうな未乃梨を宥めようとした。

「私、真琴さんに触ったりとかしてないからね!?」

「……なら、いいけど」

 不満顔な未乃梨に、織田が肩を竦める。

「未乃梨ちゃん、そこは千鶴ちゃんを信じてあげるとこじゃないの?」

「それは、そうですけど……」

「千鶴ちゃんが他の女の子にそういうことをしないから、好きになったんでしょ?」

 やや口角が上がった織田にじっと見つめられて、未乃梨も、千鶴も、頬を染めてうつむいた。

「じゃ、なんとか仲直りしたことだし、そろそろ行きましょうかね」

 植村(うえむら)がダイナーの席を立って、高森(たかもり)も続く。

「次に乗りたいやつがあるんだけど、真琴さんもよかったらどう? 二人乗りのやつなんだけど」

「いいですねえ。行きましょう」

 真琴も二年生たちに続いて席を立つ。その姿を間近で見ながら、千鶴はふと頭の中を過ったことがあった。

(真琴さん、ヴァイオリンとヴィオラやってるって言ってたっけ。……もしかして、凛々子(りりこ)さんみたいに、オーケストラで弾いたりしてるのかな)

 未乃梨より顔半分と少し背が高くて明るめの色のストレートロングの髪の真琴が、凛々子と一緒にどこかのオーケストラで弾いている姿は、千鶴には容易に想像が付いた。

(私も、真琴さんとどこかで演奏できたら……)

 真琴が白いブラウスと黒いロングスカートの衣装を着けてヴァイオリンを弾いている同じステージで、自分がお揃いの衣装でコントラバスを弾いている姿は、凛々子や以前に一緒に演奏したヴィオラの瑞香(みずか)やチェロの智花(ともか)と同じぐらい容易に想像がついてしまっていた。

(私はコントラバスを始めたばっかりだし、そう簡単にオーケストラで弾く機会なんかないと思うけど――)

 席を立って未乃梨の後をついて歩く千鶴の頭の中で、凛々子の話していたことが不意に思い出される。

(前に水着を買いに行ったとき、凛々子さんに連れてきてもらったカフェで、確か「ます」っていうコントラバスの入ってる曲が流れてて――)


 ――こういう音楽も、いつか、やってみない?

 ――もし、やってみたいって思うなら、うってつけの場所があるのだけれど?

 ――私がコンサートミストレスをやってる、星の宮ユースオーケストラ、よ

 

 あくまで真面目に話す凛々子の表情と声が、まるで本人が目の前にいるかのように、千鶴には思い出されている。それでも、部活の外で、しかもオーケストラで演奏するということが、千鶴にはまだ途方も無いことのように思えてならなかった。

 ふと千鶴が顔を上げると、自分の目の前を歩く未乃梨が高森や織田や植村に囲まれて声高に話している。

小阪(こさか)さん、次は『ワイルドスラローム』っていう二人乗りのボートに乗るやつなんだけど、江崎(えざき)さんと乗るよね?」

「当然ですよ! 千鶴の隣は誰にも渡しませんから!」

「あたしは真琴さんと、(れい)瑠衣(るい)とバンドマン同士で乗ろっか」

「ほーい。どうせなら二周しない? 未乃梨ちゃんと千鶴ちゃん以外は一緒に乗るペア変えてさ」

 賑やかな四人を後ろからぼんやり眺めながらついていく千鶴の右隣から、真琴がいつの間にかついて歩いていた。

「千鶴ちゃん、なーに黄昏れてんの?」

「いえ、その。……真琴さん、どこかのオーケストラで弾いてたりします?」

 真琴は「おや?」と意外そうな顔をした。

「たまに習ってる先生の紹介でヴァイオリン弾きに行ったりするぐらいかな。千鶴ちゃん、オーケストラに興味あるの?」

「……実は、部活にヴァイオリンをやってる人が教えに来てくれてるんですけど、その人が、よかったらオーケストラでコントラバスを弾いてみないか、って勧められてて」

 ふーむ、と真琴は形のいい顎に手をやりながら、考え込んだ。

「それ、迷うとこじゃないよ。私だったら、何でやらないの、って言っちゃうかもね」

「何でやらないの、ですか?」

「コントラバスみたいな大事なパートで、楽器を始めたばっかりの千鶴ちゃんを誘う、ってことは、そういうことだよ。あと」

 真琴は、他の二年生たち囲まれて騒がしくはしゃぐ未乃梨の後ろ姿に目をやってから、そっと千鶴の耳元に顔を近付けた。未乃梨や凛々子よりも高い真琴の唇が、千鶴にそっと囁く。

「……あたしが千鶴ちゃんに教える立場で、未乃梨ちゃんのことがなかったら、オーケストラに誘ってたと思う。あたしなら千鶴ちゃんみたいな女の子と、オーケストラでも一緒にいたいもん?」

「……あの、真琴さん?」

「……ま、今は別に気になってる子がいるし、千鶴ちゃんにどうこうするつもりはないから安心して?」

「……もう」

 いたずらっぽく笑う真琴に、千鶴は先程の未乃梨のように頬を染めるのだった。


(続く)


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