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♯196

未乃梨をよそに、プールで出会った真琴と盛り上がる千鶴たち。

未乃梨は、真琴にどこか既視感のある不安を覚えたようで……?

 プールサイドにある、広くて赤い屋根の下のダイナーのテーブルでピザやポテトフライをつまみながら、千鶴(ちづる)たちは真琴(まこと)と早くも打ち解け始めていた。

 ダイナーで、未乃梨(みのり)は複雑な顔をして周りの話に黙って耳を傾けながらアイスティーをストローで啜っていた。


 テーブルにつくとき、未乃梨は真琴と千鶴の間の席に割って入るように座ったのだった。そんな未乃梨を宥めるように、真琴は未乃梨の隣に腰を下ろした。

「じゃ、あたしは千鶴ちゃんの彼女さんの隣で」

 そう言いながら気さくに振る舞う、千鶴がガーターリングを拾ったという真琴という少女は、初対面にも関わらず、未乃梨以外の面々とあっという間に馴染んでしまっていた。

「ユーフォニアム? 知ってる、『展覧会の絵』でソロを吹いてるやつでしょ? 『ブイドロ』っていうあの渋い曲」

「それ知ってくれると嬉しいねえ。あれ、ピアノで弾いて好きになったけど、いつかユーフォでも吹いてみたいんだよね」

 音楽の話で盛り上がり出す真琴と植村(うえむら)に、高森(たかもり)がメッシュの入ったボブの髪を掻き上げる。

「『展覧会の絵』なら『古城』も忘れて欲しくないんだけど? ま、私はクラシックが専門じゃないし」

「サックスやってるんだっけ。普段はジャズかなんか?」

「ジャズもポップスも何でも吹くよ。こないだもそっちの瑠衣(るい)って子とライブやったし」

 高森に振られて、織田(おりた)は星の模様が入った紺色の水着の、意外にある胸元を張った。

「ま、あたしのギターとセッションやりたいって子はいつでも大歓迎だけど。千鶴ちゃん、せっかくウッドベース弾けるんだしジャズもやろうよ?」

「で、でも、ジャズなんて私全然知らないし……」

 気後れした千鶴が、ダイナーの椅子に座っても他の面々よりなお高い顔をうつむかせる。

「えー? そっちの彼女にカッコいいとこ見せたくないの?」

「それは、その……」

 真琴に押されている千鶴に、未乃梨は、そろそろ胸の中で小さな不満が燻り始めているのを感じていた。

(もう、千鶴ったらよその高校の上級生を引っ掛けてきて、しかも二年の先輩たちも巻き込んで盛り上がっちゃって……さっきあんなにドキドキした私が、バカみたいじゃない)

 スライダーのゴムボートを下りた時に、体勢を崩して千鶴に抱きついてしまい、その千鶴の右の頬に唇が触れてしまったことが未乃梨の頭の中で何度も再生されている。

 その千鶴が未乃梨そっちのけで二年生たちと一緒に真琴と盛り上がっているのが、未乃梨にはどうにも釈然としなかった。

「そういえば、千鶴ちゃんの彼女だっけ? 部活で何の楽器やってるの?」

「……フルートですけど」

 未乃梨の返事から、不機嫌さが漏れた。その不機嫌さの棘を、真琴が一瞬にして溶かしていく。

「じゃあ、合奏で千鶴ちゃんに伴奏してもらったりするんだ?」

「……まあ、そういうことも、ありますけど」

「それって最高じゃんね? 千鶴ちゃんみたいなカッコよくて可愛い子と音楽やれるなんてさ」

 未乃梨は思わず真琴の顔を見た。

 遊び慣れていそうな真琴の明るめの色のロングヘアやオレンジのフリルで飾られた黒いビキニとは裏腹に、真琴はどこか真摯でまっすぐなものを奥に隠し持っているように、未乃梨には思える。

「そ、それはそれとして……お姉さんは、今日はプールに誰かと来てるんじゃないんですか?」

 未乃梨がしどろもどろになって真琴に尋ねると、真琴はこともなげに答える。

「一人で来てるよ? 色々あってちょっとストレス発散に、ね」

「色々あった、って?」

 今度は千鶴が頭の上に疑問符を浮かべた。

「大したことじゃないんだけど、ヴァイオリンのレッスンで色々あってね。気分転換に今日は楽器を練習しない日に決めて、一日プールでのんびりしようと思ったの」

「真琴さん、わかってるねえ。一切楽器を触らない日を作る、ってさ。あたしもライブの次の日とかギター触らないもん」

 頬杖をつく織田に、千鶴が意外そうな顔をした。

「え? そんなんで、大丈夫なんですか?」

「うん。ちゃんと休まないと、腱鞘炎になっちゃうからね」

「あー、管でもそういうのあるかも。あんまり長時間吹いてると顎関節症とかやらかすし」

 テーブルの上に手を重ねて預けている高森が頷く。隣に座る植村も、腕組みをして顔を小さく縦に振った。

「うちの部活のテューバで吹きすぎで顎をやった奴、いたもんなあ。ありゃ大変だったわ」

「そうなんだよねえ。千鶴ちゃんもすっごく大きい楽器を弾いてるわけだし、無理して練習しちゃだめだよ?」

「あ、はい。時々ストレッチとかやってます。元々運動部だったんで」

 千鶴の言葉に、真琴は「ふーむ」と何かを納得したような顔をした。 

「なるほどねえ。千鶴ちゃん、綺麗ないい筋肉してるはずだわ。時に大きい弦楽器は左手をやっちゃいやすいから、気を付けてね?」

 年上らしく千鶴にアドバイスを送る真琴に、未乃梨はどこか経験したことのある不安を感じていた。

(この真琴さんって人、悪い人じゃないけど……このちょっと受け付けない感じ、誰かに似てる)

 真琴の明るめの色の長いストレートの髪に、未乃梨の記憶の中にある緩くウェーブの掛かった長い黒髪がフラッシュバックしたように重なった。

(思い出した。……真琴さん、ちょっと、凛々子(りりこ)さんに似てるのかも)


(続く)

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