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♯194

波の出る大型プール「オーシャンウェーブ」に入っていく千鶴と未乃梨。

流れとうねりに翻弄される未乃梨とは裏腹に、千鶴はふと落とし物を見つけて……?

「じゃ、オーシャンウェーブ、行ってみよっか」

「よっしゃ、楽しみますか!」

 笑顔で「オーシャンウェーブ」という波の出る大型プールに向かう千鶴(ちづる)に、織田(おりた)も後を追った。

「ちょっと千鶴、待ってよ」

ショートパレオをはためかせながら二人を追う未乃梨(みのり)の後ろ姿に、高森(たかもり)が少し声を上げた。

「おーい、プールサイド走るなよー。結構滑るから危ないぞー」

「はーい!」

 はしゃぐ二人分の声と慌てる一人の声に、植村(うえむら)が苦笑する。

「さっき追っ払った男の子たち、いっそ誘って波の出るプールに叩き込めば良かったかねえ?」

「こっわ。外道なこと思い付くじゃん?」

 形だけ怖がる高森に、植村は呆れたようにそろそろ太陽が真南に上り詰める夏の青空を見上げた。

「そいつら小阪(こさか)さんも変な目で見てたし、江崎(えざき)さんのことは『いい身体してる』とかきっしょいこと言ってたしね」

「うっわ、最悪」

 高森は一足先に「オーシャンウェーブ」に入った千鶴たち三人を遠目に見た。

 遠浅の海辺のような広くて緩い下り坂から入るようになっている、学校の二十五メートルプールが軽く五つ以上は収まりそうな「オーシャンウェーブ」は、本物の海のようなうねりが奥から手前に迫っては返っている。

 その、沢山のプールの利用客の間を縫うように、波のうねりの中を千鶴は怖がるどころか巧みに泳ぎ回っている。未乃梨は波を怖がっているのか、水深の浅い手前で時折上がる水飛沫を浴びては、それでも楽しそうに「きゃあっ」と黄色い声を上げていた。

 千鶴は浅いところまで戻ると、未乃梨の手を取った。

「未乃梨、プールの奥まで行かない?」

「……え?」

「波もそこまで高くないし、一番奥でも足がつく深さだから、大丈夫だよ」

 恐る恐る、未乃梨はすぐそばにいた織田の顔を助けを求めるように見た。困ったように、織田が笑う。

「行っといでよ。千鶴ちゃんが一緒なら大丈夫」 

「……千鶴、離さないでよ」

 未乃梨は、千鶴の手を握ったまま、波のうねりが何度も押し寄せてくる「オーシャンウェーブ」の奥へと入っていく。

「未乃梨、怖かったら言ってね?」

 千鶴は、向かい合う形で未乃梨の両手を取ると、ゆっくりと深い方へと未乃梨を引っ張っていった。プールの水面が緩やかに揺らいで、千鶴よりずっと身長の低い未乃梨の身体が軽く押し流されそうになる。

「え? ちょっと!?」

 千鶴の手に掴まったまま、未乃梨の足元がプールの底から離れて流されそうになり、未乃梨は必死で足を水中でばたつかせた。

 うねる水の中でも何とか足がプールの底に着いているらしい千鶴が、未乃梨をゆっくりと引っ張っていく。

「その調子。じゃ、そのままついてきて」

 未乃梨の身体がうねるプールの中でゆらりと浮かんで、不意に千鶴の手が未乃梨から離れた。

 千鶴は何とか自力で泳いでいる未乃梨のそばから離れずに、立ち泳ぎで寄り添う。何度もゆっくりと、意外に大きくうねるプールの水面を、未乃梨は何度か水の中に沈みながら千鶴にすがるように必死で泳いだ。

「ちょっと千鶴……きゃっ?」

「そのまま慌てないで。ほら、もう大丈夫だからね」

 再び、千鶴の大きな手が未乃梨の手を引いた。未乃梨の足が固いプールの底を捉えて、そのまま未乃梨に手を引かれてプールサイドに上がっていく。

 未乃梨は息を切らせながら、辺りを見回した。

「……あれ? 先輩たちとか瑠衣(るい)さんは?」

「いるよ。ほら」

 千鶴が顔を向けた先の、十メートルも離れていない向こうで、高森と織田がプールの波打ち際の浅いところで他の客の群れに混ざって水を掛け合っていた。そのすぐ近くで植村が水から上がって胡座をかきながら、千鶴たちに手を振っている。

「一番深いところの手前、って言っても水深一四〇センチぐらいみたいだけど、そこまで一緒に泳いで行って戻ってきた感じかな。未乃梨、あの波の中で自力で泳いで来れるなんて凄いよ」

「私だって吹部よ? 肺活量ならちょっとはあるんだからね。……ねえ千鶴、肩のそれ、何?」

「ん? 何だろ、これ」

 未乃梨に指摘されて、千鶴は自分の右肩を見た。

 千鶴の細かいフリルの付いた水着のトップスの肩紐に、細かなオレンジ色のフリルや留め具か何かのような金具が付いた、黒くて細いベルトのようなものが引っ掛かっている。

「他のお客さんのアクセかなんかかなあ?」

「水着の付け替え用のストラップに見えなくもないけど……」

「未乃梨、それって取れたら緊急事態なやつじゃない?」

 千鶴が顔を青ざめさせて、「オーシャンウェーブ」のプールサイドを見回した。

 暑い時間帯に入って増え始めたプールの人混みの中で、そのオレンジのフリルがついた黒くて細いベルトのような何かとよく似た配色の、オレンジの幅広のフリルが付いた黒いビキニの少女が、ふと千鶴の視界の端に引っ掛かる。

「未乃梨、あの人かな? ちょっと行ってくるね」

「あ、ちょっと、千鶴?」

 その、オレンジと黒の水着の、明るめの髪色の少女に早足で近づく千鶴を、未乃梨は呆気に取られながら見守った。


(続く)




 



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