♯193
プールのカフェで冷たいスイーツやドリンクお供にくつろぐ千鶴たち。そんな彼女たちを遠巻きに見ている者がいるようで……!?
プールのカフェのテーブル席で休んでいる間、高森は織田とコンクールの話題で盛り上がった。
「小阪さんもフルートで大活躍だったし、何だかんだでいい結果は残せたよ」
「へぇ? 未乃梨ちゃん、ますます桃花高校にフルート教えに来てほしくなるねえ」
織田は残りがそろそろ半分より少ないジンジャーエールのストローを唇から離すと、アイスクレープとメロンソーダを一口ずつ交換している未乃梨と千鶴の顔とそのずっと後ろを等分に見た。
「未乃梨が桃花に? 何でまた?」
不思議そうな顔の千鶴を、未乃梨が少し恥ずかしそうに見上げる。
「実は、瑠衣さんの部活のサックスパートで、フルートに挑戦してみたいって人がいるから教えてもらえないか、って」
「凄いじゃない! よその学校で教えるなんて」
「そ、そうかな……?」
目を輝かせる千鶴に、未乃梨は少したじろいだ。その表情に、薄い陰が入ったように思えて、織田はジンジャーエールのカップを持った手を止めた。
「何なら、その時は千鶴ちゃんも一緒に桃花に遊びにきてセッションやってく? ジャズのベースの一日体験コース、ってことで」
フラッペをスプーンでかき混ぜていた高森が、ほんの一瞬横目でカフェの屋根の外に視線をやってから、「そりゃあいいや」と破顔してみせる。
「江崎さん、ジャズも弾けるようになったらカッコいいだろうなあ?」
「今以上に女の子にモテそうだね? 桃花にもファンできたりして」
植村が織田や高森と同じ方向に目をやりつつ、食べ終わったアイスワッフルの包み紙を丁寧にたたみみながら頷く。
「え……千鶴、他の高校の女の子とまで仲良くなるのナシだからね? ていうか、最近凛々子さんとも何か仲いいし!?」
「ち、ちょっと未乃梨!? なんでそこで凛々子さんが出てくるの!?」
急に取り乱しかける未乃梨を慌ててなだめようとする千鶴を面白そうに笑いながら、植村はタンキニの肩紐に手をやるとカフェの席を立った。
「江崎さんも小阪さんも相変わらず仲いいんだから。……ちょっち、トイレ行って来るわ」
「お、……行ってらっしゃい」
高森が植村に小さく手を上げて、織田が無言で植村の見ているカフェの外に視線をやったまま小さく頷く。そこには、先程から未乃梨を遠巻きにちらちらと見ている、派手なショートパンツの水着や安っぽく光るバングルを身に着けた、高校生らしい少年の二人組がいた。
織田はカフェの外に踏み出すと、別の場所に行く素振りを見せつつ、他のプールの客の流れに紛れてゆっくりと二人組の少年に後ろから近付いた。
二人の少年は、好き勝手なことを口々に言い合っている。赤っぽいパンツの水着の少年が、バングルをつけている少年ににやにやと笑いながら声をひそめた。
「……あのピンクの水着の娘、可愛くね?」
「……隣に座ってる水色の水着の娘も、多分オレより身長でけえけど良い身体してるよな」
あまりに下卑た話に溜め息をつきながら、植村は未乃梨と千鶴を品定めしている二人の少年に背後から声をかけた。
「お二人さん、誰か探してんの?」
「あ? 何だよ……え」
「うるせえな、話しかけんな……う」
少年たちは植村を見て石膏でできた像のように固まった。赤っぽいパンツの水着の少年が水着の前を押さえて前屈みになり、バングルを着けた少年が腰をひねった妙な体勢でしゃがみ込む。
植村は「ふん」と鼻を軽く鳴らすと、まっすぐに立てなくなった少年たちの顔を見た。
おそらくは千鶴や未乃梨と同じか、ともすると下の年頃だろう。二人の少年は「な、何だよお前!」と虚勢を張りながらも、植村の緑色のタンキニのしっかり盛り上がった胸元や、ボトムスがしっかりフィットした腰回りや露わになった太ももに釘付けになっている。
両手で水着の前を抑えてしゃがみ込む少年二人に呆れながら、植村はわざと正面から胸元を見せつけるように上半身を倒す。
「お前ら、あたしの水着程度でそんな調子ならプールで女の子を狙うのは十年早いぞ。全く、ガキが」
「う、うるせぇ、よ……」
少年たちはしゃがみ込んで水着の前を押さえながら顔を真っ赤にして植村を力なく睨んだ。安っぽいバングルを着けた方は植村の語気に身体を震わせて、赤っぽいパンツの水着の方は涙目になっている。
「人を呼ばれたくなかったらとっとと消えろ。トイレはあっちの流れるプールの方だ」
「う、うわあぁ……」
少年二人は、水着の前を押さえながらへっぴり腰で植村の前を小走りで立ち去っていった。
カフェのテーブル席に植村が戻ると、千鶴と未乃梨は織田と何やら盛り上がっていた。たった今植村が追い払った少年二人がいたのとは真逆の方向の、大きなプールの方を三人は見ている。
「あっちってオーシャンウェーブっていうプールみたいだね。未乃梨、行ってみない?」
「波の出るプールなの? 私、大丈夫かなぁ」
「良いんじゃない? 万が一のときは千鶴ちゃんがマウストゥマウスで」
織田に煽られて頬を染める未乃梨を見ながら、高森は植村に軽く手を上げた。
「ご苦労さん。どんな奴だった?」
「問題外。あたしの胸を見て前屈みになってた」
ぷっと小さく吹き出すと、高森はテーブル席を立って手を繋ぐ千鶴と未乃梨に視線を戻す。
「ま、賭けは今日で私が一歩リードかな」
「分かんないよ? コンクールの県大会まで、また一緒にいられないんだし」
「仙道さんがいなけりゃ間違いなくくっついてたと思うけどね。さて」
高森と植村は腰を上げると、波の出る「オーシャンウェーブ」という広大なプールに向かう千鶴や未乃梨や織田のあとを追った。
(続く)




