♯191
流水プールの次に、大きなゴムボートで滑るスライダーに挑戦する千鶴たち。
一緒にゴムボートに乗り込んだ千鶴と未乃梨は、真夏ならではのスリルを味わって……?
スライダーの階段を登りながら、千鶴は足元に見えるレジャープールの景色を見た。
「うわぁ、結構高いなあ」
プールが開場してからさほど経っていない、午前中の早い時間のせいか、スライダーの順番待ちはそう時間を取らなさそうだった。紫ヶ丘高校の校舎の倍程は高さがある、スライダーのスタート地点のフロア近くまで登るのに十分もかからなかっただろうか。
階段の外から吹き込む風は、太陽の熱をそのまま持ち込んできたような真夏のものだった。先ほど流水プールでしっかり濡れた千鶴たちの水着もすっかり乾いて、千鶴の水着の腰回りのチュールや未乃梨の巻いているショートパレオを軽くなびかせている。
「まずはこいつに乗らなきゃ、だよね」
スタート地点のフロアに最初に入った高森が、楽しくて仕方がなさそうな様子でスライダーのレーンの流れる先を見た。レーンの入口には、ベルトコンベアーでスライダーに流すための、二人か三人乗り用円形のゴムボートが運ばれてきている。
「これ、途中でボートが回りまくるし、流れる角度の割にスピード出るしで超楽しいんだよねえ」
にこにこ顔の植村に続いて、織田もレーンの入口にさっさと進む。
「んじゃ、あたしら二年組の三人と一年組の二人で別れて行きますか。千鶴ちゃん、未乃梨ちゃんにしっかり付いてあげるんだよ」
織田はそう言い残すと、高森や植村と一緒にゴムボートに車座に乗り込んで、歓声を上げながら流されていった。
その歓声を耳にして、未乃梨が表情を固まらせる。
「やば……私、ジェットコースターとか苦手なんだけど」
未乃梨は思わず、千鶴の手を握った。その手は、プールの暑い空気の中で少し震えている。
「そうだったの? でも、宙返りとかあるわけじゃないし、大丈夫じゃない?」
三人乗りのゴムボートが楽に流れる広い幅のスライダーは、ちょっとした川のような水量をスタート位置から流している。コンベアーを登ってきたゴムボートが流れてきて、膝上ぐらいまで水があるスライダーのスタート位置についた。スタッフが千鶴と未乃梨を誘導した。
「それでは次のお二人、ボートにどうぞ。あ、そちらの彼女さん、ボートのグリップにしっかりつかまっていれば安全ですよ」
スタッフに促されて、未乃梨は千鶴とスライダーのスタート位置に浮かぶゴムボートに乗り込んだ。千鶴に手を引かれて、未乃梨がおっかなびっくりとボートに乗り込む。
(やだ、スタッフの人に彼女さん、って言われちゃった……)
未乃梨は急に恥ずかしくなって、千鶴の顔を見ないようにしてボートの外周にあるグリップをぎゅっと握った。スタート地点でアラームが鳴って、ボートがゆっくりと滑るように動き始める。
「え、たいしたことな……きゃあああああああああああああああああああああああ!?」
ボートが動き出して数秒後、未乃梨のソプラノの声がスライダーの空気を切り裂いた。円形のゴムボートは回転しながら、右に左にと蛇行するレーンを大きく横揺れしつつ水飛沫を盛大に上げながら滑り降りていく。
(やだ、思ってたより速いしめちゃくちゃ揺れるし……!)
レーンの中で巻き上がる水飛沫が何度も顔にかかって、未乃梨は一緒に乗っている千鶴の方すら見ていられない。それでも、スライダーの上で吹き付けてくる水混じりの風は恐怖より心地よさの方が勝りそうだった。
おっかなびっくりボートに乗り込んだ未乃梨が目の前で叫んでいても、千鶴は驚いている暇もなかった。
(うわ!? やっぱり、体重が重い私を中心にボートが回ってる!?)
千鶴は驚く暇もなく、ボートのグリップを掴んだまま上半身を起こしたり寝かしたりしてボートが余計に回らないように何とかコントロールを試みた。それでもボートは勢いを保ったままレーンを揺れ動きながら滑り降りて、ゴール地点のプールに激しい水飛沫を巻き上げて飛び込んだ。
「はーい。ゆっくり落ち着いてボートから下りて下さいねー」
スタッフの声に我に返ると、千鶴はボートから転がり出るように水の中に下りた。千鶴の背丈で膝より上までくるプールの水が、千鶴を受け止める。
「未乃梨、大丈夫?」
「うん、……なんとか。っ……とっ」
千鶴に声を掛けられて、腰が抜けかけたらしい未乃梨がボートの上で上体をゆっくりと起こす。先にボートの外のプールに出ている千鶴の手をやっとのことでつかむと、未乃梨はボートから下りようとした。
「ほら、ゆっくり下りて――」
「千鶴、ありがと…………むぎゅ!?」
ボート外の水に下りようとしたとき、未乃梨が足を滑らせた。慌てて未乃梨が何かにつかまろうとして、千鶴に抱きついてしまう。そのまま、さして水深の深くないプールに、未乃梨は千鶴を押し倒しかけた。
その時、千鶴の右頬に潤んだ感触が触れた。
(え!? 今のって、未乃梨の……!?)
その感触に千鶴が気付いた瞬間、未乃梨が何とか体勢を立て直して何とか浅いプールの中で千鶴から離れる。
「きゃ……!? 千鶴、ごめん!」
未乃梨は、右手の甲で口元を押さえながら、真っ赤な顔で千鶴を見ると、慌てたようにプールから上がっていった。
(続く)




