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♯19

意外に有名だった凛々子の、クラスメイトから聞かされた意外な一面。

それは、未乃梨にとって凛々子を千鶴に近づけたくなくなるような話でもあり……。

 朝の練習のあと、移動教室でも、昼休みでも、未乃梨(みのり)千鶴(ちづる)と距離が近かった。

 未乃梨は千鶴の近くにはそれとなくいたし、移動教室で千鶴のブレザーの袖をつまんでいたりすることもあった。


 体育の時間で千鶴にスパイクを止められた、女子バレーボール部員の結城(ゆうき)は、昼休みにそんな未乃梨を見て「おいおい」と苦笑した。

小阪(こさか)さんさあ、完全に江崎(えざき)さんの面倒くさいカノジョみたいになってない?」

「それは……そうかもしれないけど。結城さんこそなんで千鶴と一緒にお弁当食べてるのよ」

「さっき自販機にお茶買いに行ったら江崎さんと会ってさ。中学でいっこ上のうちの姉貴とバレーの試合で当たったって聞いて、その話で盛り上がってたんだよ」

 結城は、千鶴と向かい合わせに座って机の上に弁当箱を広げていた。ペットボトルの麦茶を飲んでいた千鶴は頭を掻いた。

「まさか、中二の頃に試合で結城さんのお姉さんの中学と当たってたなんて思わなくてさ。あのサーブ速かったなあ」

「姉貴のサーブ返したんだろ? 見たことないでっかい二年に止められた、って悔しがってた」

「もう。いつの間にか仲良くなってるんだから」

 むっすりと顔を膨らませる未乃梨が二人の間に割り込んで座ると、自分の弁当を出しながら千鶴のショートボブと結城のポニーテールを見上げた。

「まさか、また女バレに千鶴を勧誘しようとしてないでしょうね?」

「なわけあるかよ。二年の先輩に教わってまで楽器やってる奴は誘えないって。なあ?」

 結城は未乃梨の弁当から肉団子をひとつ箸でつまむと、自分の弁当からミニコロッケを差し出した。

「あれ? 結城さんも仙道(せんどう)先輩のこと、知ってるの?」

 未乃梨は千鶴にブロッコリーを差し出すと、千鶴の弁当からプチトマトを取った。

「確か、バレー部の先輩が仙道先輩に告白したんだっけ?」

 千鶴は結城の弁当からウィンナーを取ると、塩鮭を差し出そうとして「あ、それ半分でいいから代わりに皮は全部ちょうだい」と注文をつけられていた。

 結城はその千鶴から貰った塩鮭をほぐして白飯と一緒に口に運びながら、「それも、男子と女子両方からな」と溜息をついた。

「仙道って先輩、どっちからもモテるんだよ。あんな美人になると男女とか関係ねえんだな」

「そうなんだ? てっきり男の子ばっかりかと」

 驚く千鶴に、未乃梨は「ふーん」と先ほどの半分ほどに頬を膨らませた。

「千鶴、仙道先輩になびかないでよ?」

「江崎さんと仙道先輩ねえ。……意外とアリじゃない? 身長差もいい感じで年下イケメンの江崎さんと黒髪美人の仙道先輩ならさ」

「こら! そうやって千鶴をよそとくっつけようとしない!」

 未乃梨は思わず目尻を吊り上げた。その後ろから「なになに? 恋バナ?」と声を掛けられて、未乃梨は顔を真っ赤にした。

「江崎さん、モテそうだもんねー。あたしが男の子だったら告るかも」

「でも江崎さん、小阪さんとずっと仲良いよね? 割り込みはダメっしょ」

「あ、あのそういうの、聞かれても困るから」

 はしゃぎ出したすぐ近くの女子のグループに、未乃梨は昼休みの間、真っ赤になったままひたすら弁解をして過ごした。


 はあ、と未乃梨はフルートのケースとスクールバッグを担いで音楽室に向かった。昼休みの気疲れが残ったまま、部活に行くことになりそうだった。

「大丈夫? お昼、大変だったね」

「もう。何割かは千鶴のせいだからね?」

 千鶴から手を差し出されて未乃梨がその手を取ると、そのまま引っ張られながら音楽室へと歩いた。

 途中、未乃梨はある意味で一番出会いたくない相手と出くわした。緩くウェーブの掛かった長い黒髪の二年生の女子で、肩にはワインレッドのヴァイオリンケースとスクールバッグを提げている。

「あ、仙道先輩」

「今日は。今から部活?」

 千鶴と凛々子(りりこ)の短いやり取りを、未乃梨はほんのり頬を膨らませそうになりながら見ていた。

「はい。今日は個人練習なんですけど、明後日は木管とコントラバスだけで合わせることになって」

「しっかり勉強してらっしゃいね。そうだわ」

 凛々子は思い出したことがあるらしく、未乃梨に向き直った。

「小阪さん、あなた、初見は得意?」

「えっ……? 曲にもよりますけど」

 怪訝な顔をした未乃梨に、凛々子はふわりと微笑んだ。

「そんな怖い顔をしないで。江崎さんと私がこの前合わせてたバッハ、小阪さんも入ってやってみない? これを見て適当にフルートでついて来て欲しいのだけれど」

 凛々子はスクールバッグから薄いピアノの楽譜を取り出した。

 ピアノの楽譜は十枚もない全部のページが繋がった屏風開きになっていて、表紙の「BWV147」という番号と、へ音記号の四分音符の動きは千鶴にも見覚えがあった。

 未乃梨は真顔になると、バッハの楽譜を一通り見通した。

「……出来ます。何なら、今日やりませんか?」

「あら、良いの? あなたのパートの練習は?」

「後半は自由練習なので。ちょっと、パートの先輩と相談してきます」

 未乃梨はいつになく真剣な面立ちで、音楽室に入ると中にいる上級生と相談を始めた。


(続く)

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