♯188
今日の水着はプールでのお楽しみ、と秘密の未乃梨、千鶴の水着姿が楽しみだとも言っていた未乃梨。
そんな未乃梨は、プールに一緒に行くメンバーに心強さを感じて……。
その日は、真っ盛りを迎えた夏の陽射しが朝から眩しかった。日の出を過ぎてから一斉に鳴き出す騒々しいまでの蝉の声も、今日の昼間の暑さを予告しているようで、聞いているだけで汗ばみそうなほどだ。
千鶴は、少し家を早めに出て駅で未乃梨を待ちながら、スマホのメッセージを見直した。
――明日のプール、楽しみにしててね。私も千鶴の水着、楽しみ
――家まで迎えに行こうか? うちから未乃梨の家まで近いし
――あ、それは来ない方がいいかも。お父さん、千鶴のことじろじろ見ちゃうから。学校に行くときみたいに駅で待ってて
そんなメッセージを、千鶴と未乃梨は前の晩にやりとりしていたのだった。
スマホの時計は未乃梨との約束の時間の十五分程前を指している。
(ちょっと、早かったかな)
千鶴は、夏休みだというのに一学期とあまり変わらない家での様子を思い出して苦笑した。家を出たのは結局一限目の授業に間に合いそうなぐらいの時間だった。
駅前の交差点から、少し大き目のビーチバッグを肩から下げたセミロングの明るめの髪をハーフアップに結った少女が千鶴の方に駆け寄ってくる。
「千鶴、お待たせ」
「未乃梨、早かったね。じゃ、行きましょうか」
短めのノースリーブの軽やかなシャツワンピやストラップサンダルという未乃梨の夏の女の子らしい服装が、Tシャツにクロップドパンツの男の子っぽい服装の千鶴とは正反対に思える。
「未乃梨、今日のシャツワンピ可愛いね。私も水着以外に夏物も買えばよかったかなあ」
「まだ間に合うんじゃない? どうせ二学期に入ってからもしばらく暑いんだし」
「そうだね。春にスカート買いに行ったお店、また行って来ようかな」
千鶴は未乃梨の後ろに続いて改札を通った。二人とも大き目のビーチバッグを持っているせいもあっていつものように手をつながずにホームに上る。
(……本当は、凛々子さんと水着を買いにもう行って来ちゃったんだけど、ね)
千鶴は少し申し訳ないような気持ちを抱えて、エスカレーターのひとつ前の段に乗っている未乃梨の後ろ姿を見た。エスカレーターの段ひとつ上に立ってもまだ少し千鶴の背より低い未乃梨に、緩くウェーブの掛かった長い黒髪の凛々子の姿が重なる。
(……今日、もし凛々子さんが来てたら、未乃梨にまたむくれられちゃうかなぁ)
ぼんやりとそんなことを思いつつ、千鶴は未乃梨の後について電車に乗り込んだ。
紫ヶ丘高校の最寄り駅のホームで、千鶴と未乃梨は「おっはよー」とよく知る上級生に迎えられた。
「植村先輩。おはようございます」
「おはようございます」
「お、二人とも早かったねえ」
前下がりのボブに白いTシャツに黒いシンプルなマキシ丈のキャミワンピとサンダルという、全体的にシャープな私服の植村は、順番に挨拶をした未乃梨と千鶴を等分に見回した。
「そんな固くならなくていいよー。うち、そんな部活じゃないじゃん?」
私服姿の植村は、学校で会うときより更に気さくに見えた。Tシャツもキャミワンピも普段から着慣れているのか、くるぶしまで届く丈のわりに慣れた手つきで裾を捌いている。
「それに今日は玲と桃花高校の瑠衣も来るしね。コンクールの地区大会も終わったし、のんびりプールで遊ぼうってことで。……ふーむ?」
植村は千鶴を頭のてっぺんからつま先まで、しげしげと視線を二往復ほど巡らせた。
「あ、あの、植村先輩……?」
「江崎さん、今日はプールサイドで注目浴びそうだね?」
「そ、そんなことないですよ。私、身体の凹凸少ないですし」
「それは謙遜し過ぎってやつですよ。この高身長でスレンダーボディ、控えめに言って最高じゃない」
「ちょっと、植村先輩!」
二人の間に、眉を吊り上げた未乃梨が割って入る。
「プールに入る前から千鶴にセクハラしないで下さい。それに、まだ駅なんですから」
「ごめんごめん。小阪さんに江崎さんと可愛い一年生が揃ってると、つい、ね」
植村は取り繕うように頭を掻いてみせた。その植村に、毒気のない声が向けられた。
「おはよう。早速賑やかだね?」
「有希、自分が見られ慣れてるからって他人にセクハラはダメだぞー」
駅の改札を通ってきた、キャミソールにサブリナパンツにワンレングスボブの少女と、メッシュの入ったショートボブに半袖のトップスとデニムのパンツのキャップを被った少女の二人組がやってきていた。
「おー、瑠衣と玲、おはよう」
他校の生徒の織田にすら遠慮がない植村に、高森がキャップを脱いでメッシュの入った髪を扇ぎながらため息をつく。
「朝から大変だったよ。瑠衣のやつ、連絡入れたら始発で家を出ててさ。私が遅刻したかと思っちゃった」
「仕方ないでしょ? バスの接続が面倒なんだから。千鶴ちゃん、今日は宜しくね。未乃梨ちゃんも、今日は楽しもうね」
織田はワンレングスボブの髪を揺らして笑うと、千鶴に会釈をしてから、未乃梨に片目をつむってみせる。
「んじゃ、ゆるりと行きますか」
駅の乗り換えホームに向かって先頭を切る高森に、織田や植村が続く。その後ろについて歩く千鶴の、自分よりずっと背の高い後ろ姿を見ながら、未乃梨は少し軽くなった気持ちで微笑んだ。
(今日は、楽しもう。私が千鶴のことを好きだって知ってて応援してくれてる、瑠衣さんもいるんだもんね)
(続く)




