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♯187

凛々子と話すうちに、オーケストラとの関わりがこれから強まっていきそうな予感を覚える千鶴。それは、凛々子との結びつきも強まっていくということでもあり……。

「十一月、ですか。発表会の、二ヶ月あとですよね」

 凛々子(りりこ)からの申し出に、千鶴(ちづる)はいっそ冷静になっていた。

「焦ることはないわ。発表会の練習期間も合わせたら、三ヶ月半ぐらいはあるもの。あなたにその気があれば、もう練習を始めてしまってもいいのよ」

「発表会の曲の他に、オーケストラの曲も、ですか」

 千鶴は凛々子の話を聞きながら、その星の宮ユースオーケストラでの演奏の話が、自分も関係のあることとして感じられ始めていた。

 凛々子は、千鶴が慌てても驚いてもいなさそうなことに、満足そうに頷く。

「十一月の演奏会、コントラバスは団員の波多野(はたの)さんも当然いるし、本条(ほんじょう)先生も弾きにいらっしゃるわ。それなら、千鶴さんも安心でしょう?」

 顔見知りの名前が出て、千鶴は一度たりとも経験していないはずのオーケストラでの演奏が、ますます身近に感じられ始めていた。

「本当に弾かせてもらえるなら、ちょっと、楽しみかも」

「うちのオーケストラの方で今度の演奏会の準備すもあるし、私も色々しなきゃいけないことがあるからすぐに進められる話ではないけれど。とりあえずは、発表会の練習がてら相談していきましょう」

「はい。……宜しく、お願いします」

 穏やかに微笑む凛々子に、千鶴はいつになく表情を引き締めた。


 カフェを出る頃には、夏の陽射しがそろそろ傾き始めていた。それでも、西の空が色づくにはまだ少しばかり早い。

 駅に向かう途中、凛々子は千鶴とお揃いのショップの紙袋を満足そうに見た。

「千鶴さん、買い物に付き合ってくれてありがとうね」

「いえ、そんな。あ、早速ですけど」

 千鶴はスマホに入っている画像をいくつか開いた。凛々子のスマホがくぐもったアラーム音を鳴らして、メッセージの着信を告げる。

「あら。千鶴さん、ありがとう」

 ショップの試着室で撮った、凛々子の水着姿の画像がいくつか、凛々子のスマホに届いている。

「この水着、私も気に入ってるのよね。本当に、私も千鶴さんとプールに行けたら良かったのだけれど」

「それは……困っちゃいますね。未乃梨(みのり)が不機嫌になりそうで」

「じゃあ、私と二人っきりだったら一緒にプールに行ってくれるの?」

「そ、それは……」

 凛々子のいたずらっぽい微笑に、千鶴は頬を染めてうつむいた。その並の男の子よりずっと背の高い千鶴の顔を、凛々子が下から覗き込む。

「その様子だと、お返事はノーではないと思っていいのかしら?」

 微笑を崩さない凛々子が、そっと千鶴の手を取った。あまりに自然に、凛々子の細い手が一回り大きな千鶴の手の中にするりと収まっていく。

「……べ、別に、凛々子さんと一緒に出かけるのが嫌だって訳じゃなくて、その、今日も楽しかったですし」

「そう言われると、次も期待してしまうけれど、いいのかしら?」

「……べ、別に、女の子同士だし、凛々子さんと私ってそういうのじゃない、し……もう、そろそろ電車来ちゃいますよ」

 千鶴の顔が赤みを増して、早足で駅に入っていく。それでも、千鶴は改札を通るときも、ホームで電車を待つ間も、凛々子の手を離さずにいた。


 帰宅してから、千鶴は自室のベッドに寝転んだままショップの試着室で凛々子に撮ってもらった画像を見直した。

(私みたいに女の子らしくない体つきでも、結構似合っちゃうんだね)

 改めて画像で見ると、水着のトップスやボトムスの生地は広めで、千鶴の胸元や腰回りをしっかりとカバーしてくれている。胸元をあしらうフリルや腰回りをミニスカートのように膨らんで覆う二段重ねのチュールも、千鶴が思っていたよりずっと自分のスタイルに合っているような気がして、千鶴はプールサイドでこの水色の水着を着るのが楽しみになっていた。

(そういえば、未乃梨ってどんな水着を着てくるんだろ?)

 千鶴はそのことが少しばかり気になった。当日まで自分に水着は秘密にしたいような素振りの未乃梨に、今更尋ねるのははばかられて、千鶴は短いメッセージだけを未乃梨に送る。


 ――もうすぐプールだけど、楽しみだね。私は今日水着を買いに行ってきたよ

 ――私は前日に買いに行くから、それまで楽しみにしててね


 ほどなくして返ってきた未乃梨からのメッセージも、手短だった。千鶴は、ふと思い立って返事をすぐに送る。


 ――私が買った水着、見たい?

 ――それも当日の楽しみにしたいかな。千鶴、もう寝ちゃう?

 ――まだだけど、どうしたの?

 ――ううん、なんでもない。気にしないで。あ、そろそろお風呂入るから、また明日ね

 ――わかった。それじゃ、おやすみ


 素っ気ない未乃梨からのメッセージに、千鶴はかえって胸を撫で下ろした。

(水着を誰と買いに行ったかとか、聞かれなくてよかったかな)

 スマホに映る自分の水着姿の画像を見直しながら、千鶴はどきりと肩を小さく震わせた。

(……この画像、もし送ったら「誰に撮ってもらったの?」とか、未乃梨に詰められてたかもね)


(続く)

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