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♯176

紫ヶ丘高校の吹奏楽部がコンクールの地区大会を突破したにも関わらず、気の晴れない未乃梨。

それは、千鶴が「オーケストラで弾きたい」と考えていることと無関係ではなくて……。

 帰りのバスに乗り込んでも、未乃梨(みのり)は落ち着きを取り戻せなかった。

 バスの車内は行きの時とは打って変わって、騒がしさというか賑やかさが支配している。

 演奏中のことや他校の演奏を話す女子たちや、部活とは全く関係のない話題で盛り上がって笑い声を上げる男子たちが生み出す喧騒は、未乃梨にとっては何故だかあまり居心地の良いものではなかった。

 ホールで植村(うえむら)の軽口をいなしたところで、千鶴(ちづる)の言っていた「オーケストラで弾いてみたい」という希望は、未乃梨にとって晴れた日に急に雷雨が襲ってきたような、重い衝撃を残していった。

(オーケストラ、それも、凛々子(りりこ)さんが弾いてるあの星の宮ユースオーケストラ、だなんて……!)

 帰りのバスの中で、未乃梨はそわそわと窓の外を見たり隣に座る千鶴を横目でちらちらと見たりした。その千鶴は、前の座席に座っている高森(たかもり)や植村と何やら楽しげに話している。

「――でさ、県大会が八月の上旬じゃんね? 前に言ってたプール、終業式が終わってすぐぐらいに行かない?」

 座席の通路側に乗り出して千鶴に水を向ける植村に、高森が「いいねえ」とバスの座席のてっぺんに顎を預けながら口角を上げる。

江崎(えざき)さん、水着とか持ってる? 何ならどっかで買いに行く?」

 高森のそんな言葉にすら、未乃梨は穏やかではいられなかった。

「ちょっと高森先輩!? 千鶴の水着って――」

「じゃあ、小阪(こさか)さんも一緒に買いに行こっか?」

 未乃梨は見る間に茹で上がったように顔を真っ赤にした。

「わ、私の水着もですか? ええっ!?」

「恥ずかしいの? 別に女同士なんだしいーじゃん」

 今度はまるで気にする様子のない植村が、未乃梨の紅潮した顔を顔を面白そうに見る。そんな植村を、高森がたしなめた。

有希(ゆき)さあ、そうからかいなさんな。小阪さんだって色々あるだろうし」

「ごめんごめん。あたしが新しい水着欲しかったとこだったからさ」

「全く。あんたみたいに堂々と見せる相手がいる子ばっかりだと思わないでよ?」

 千鶴や未乃梨の周りも、他の部員たちに負けじと騒がしくなり始めていた。その千鶴の耳に、聞き覚えのある苦々しい声が届く。

「ふん。コンクールに出てもないくせにコンクールメンバーと盛り上がっちゃって、いい気なものね……むぐ」

 千鶴は未乃梨と顔を見合わせると、途中で打ち切られた苦々しい声が聞こえてきた、通路を挟んで右斜め後ろのバスの席を振り返った。

「ええっと、蘇我(そが)さん……?」

 斜め後ろを向いた千鶴の目に、予想もつかない光景が広がっていた。

 テューバパートの蘇我が、他の上級生の女子に囲まれて口元にコンビニかどこかで買ってきたらしいバウムクーヘンを差し出されて、というか半ば口に詰め込まれるように食べさせられている。

「はい、蘇我さん、今日はちゃんと周りを邪魔しないでテューバ吹けたね? よしよし」

「ご褒美にメープルのバウム買ってあげたからね。周りによその学校がどうだとか、他人の演奏がどうだとか愚痴っちゃ上手くならないよー」

 菓子類や飲み物を差し出されて、周りから見事に口を塞がれている蘇我に、千鶴は苦笑いをしながら視線を外した。

「……蘇我さん、大変そうだね」

「……私の心配は、してくれないの?」

 未乃梨が、千鶴を上目遣いで見ながら迫るように寄りかかってきた。

「あの、未乃梨、一体何を……」

「千鶴ったら、高校に上がってから私以外の女の子と仲良すぎじゃない? 凛々子さんとか、部活の先輩たちとか、クラスの子とか」

「あの、そういうつもりじゃなくて、ね?」

「……じゃあ、オーケストラで弾いてみたいって、どういうこと?」

「『あさがお園』で凛々子さんたちと演奏して、その後で凛々子さんたちのオーケストラを見学したり演奏会を聴きに行ったりして、思ったの。部活以外の場所でも、音楽をやってみたいかもって」

「……それって、部活じゃできないことなの?」

「その、言いにくいっていうか、上手く言えないけど、同じ弦楽器がいるところでも弾いてみたいっていうか。ごめん、あやふやで」

「……何よ、それ」

 未乃梨は承服しかねる様子で頬を膨らませる。その未乃梨を高森が「まあまあ」となだめた。

「オーケストラって、良いんじゃない? 私だってよその部活とか学校外でジャズとかバンドやってるしさ」

「で、でも――」

「何なら、小阪さんもそういうのやってみたら? 今度、プールに瑠衣(るい)も来るし。ほら、桃花(とうか)でギター弾いてた」

「そんな、フルートで部活以外のことって……」

 言い淀む未乃梨に、千鶴が穏やかに言葉を掛ける。

「それに、さ。前に、未乃梨も言ってたじゃない? 凛々子さんに教わって、コントラバスを上手くなってほしい、って。オーケストラに入ったら、凛々子さんだけじゃなくて、色んな人から教わって、もっと上手くなれるんじゃないか、ってね」

(凛々子さん以外の人に……? 千鶴、何を考えてるの……?)


(続く)

 

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