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♯174

周囲から聞こえる顧問の子安の噂話に、落ち着かない思いを覚える未乃梨、コンクールにいくつか小さな疑念を持ってしまう千鶴。

千鶴は、植村や未乃梨と話すうちに……。

「……鬼の子安(こやす)かぁ。今、どんな指導してんだろーね」

「……さあ? どっちにしろ、うちらにはもう関係ないっしょ。今年が最後のコンクールだったし」

「だよねー。あーあ、楽器吹くのは今日で最後になっちゃったかー」

 どこからか聞こえてくる他校のひそひそ話は、どうやら三年生のものだったらしく、愚痴とも諦めともつかない言葉で締めくくられた。

(子安先生の噂なんか、一体誰が?)

 未乃梨(みのり)は自分の座っているホールの座席の左側を見回した。ひそひそ話をしていそうな他校の女子生徒は何人か見えたが、そのうちの誰が話していたのかは特定できそうになかった。

 千鶴(ちづる)が、周りを見回す未乃梨の肩をつつく。

「……どうしたの? 周りに知ってる人でもいた?」

「……ううん。ただ、子安先生の噂話が聞こえたの。鬼の子安、とかなんとか」

「……昔はそう呼ばれてたらしいね。ま、確かめようがないけどさ」

 植村(うえむら)が声をひそめたまま肩をすくめた。

「子安先生、紫ヶ丘(うち)に異動するまではしばらく吹部の顧問はやってなかったみたいだし、それより前のことは話したがらないっぽいんだよね」

「じゃあ、紫ヶ丘(ゆかりがおか)に来てから吹部の顧問に復帰したってことですか?」

「その前は、あんな風に穏やかに指導する先生じゃなかったってこと?」

 驚く未乃梨と千鶴が顔を見合わせる。

「どうだろうねえ。子安先生が紫ヶ丘に来る前の、そのまた前の高校での話だから、下手すると十年以上前じゃない? 多分、あたしらが小学校に上がってもない時期かなあ」

 植村は舞台の方を見たまま、前下がりにカットしたボブのサイドの髪をもてあそんだ。舞台の上にいる審査員長は、次の出場校の結果発表に入るところだった。

「続きまして、千石(せんごく)大学教育学部付属高校。ゴールド、金賞」

 正式名称で呼ばれた付属高校に困惑を含んだどよめきがホールの空気を薄く覆いつつ、穏やかな拍手が客席のそこかしこから沸き起こってどよめきを掻き消していく。

 千鶴も、未乃梨も、植村も、付属高校に拍手を送った。

「……付属高校、やるねえ。コンクールじゃ受けない曲で金賞とはね」

 植村は自分のことのように顔をほころばせた。

「……審査員にも、違いのわかるのがいた、ってことかな」

 植村の言葉に、千鶴が妙な顔をして、声をさらにひそめる。

「……植村先輩、コンクールで受けるとか受けないとか、あるんですか?」

「……それがね、実は、ちょっとあるの」

 植村に代わって、未乃梨が千鶴に答える。

「……大きい音を出して、聴き映えのする音の切り替え方をして、みたいな演奏や曲だと、評価が高くなりがちなのよ」

「……付属のやったメロディを色んなパートで重ねてじっくり聴かせる『六声のリチェルカーレ』とか、紫ヶ丘(うち)がやった『ドリー組曲』みたいな可愛らしさが売りの曲や演奏は受けないんだよね」

「……コンクールって、何か、演奏を聴きに行くっていうよりプロレスかなんか観にきてる感じなんですか?」

「……そこまで酷かないよ。ただ、料理のコンテストで脂ギットギトの肉料理ばっかり出てる感じが近いかもなあ」

 植村はホールの客席の肘掛けに頬杖をついて、「うーん」と小さく嘆息をした。舞台の上では結果発表が進み、最後に「ゴールド、金賞」と告げられたのはあの清鹿学園とよく似た演奏をした、竜崎商業だった。

「……合唱部にピアノ弾きに行ってるあたしとか、よその部活とか学校に出向いてサックス吹いてる(れい)としちゃあ、どうも管楽器の合奏って、でかい音を見せびらかす以外にもっと色んなことをできるんじゃないかな、って思っちゃうんだよね」

 高森(たかもり)の名前を出しながら、植村はぼやきとも嘆息ともつかないことを、周りに聞かれづらい小声で千鶴と未乃梨に話す。

「……私は、高校でこういう吹奏楽もあるんだ、って知りました。千鶴は?」

「……私は、その……清鹿学園とか、凄いかもしれないけど、聴いてて一緒に演奏してみたいって思えないっていうか。まだコントラバスを始めたばっかりの自分が言うのも変ですけど」

 リボンで結ったショートテイルの髪の根元を掻く千鶴に、植村は「ふむ」と頷き、未乃梨は「……そう、だよね」とうつむいた。

「……じゃあさ。江崎(えざき)さんが部活以外で一緒に演奏してみたい、って思ったところってあるの? 具体的にはどこ?」

「……よその学校でも、吹奏楽ですらもないところですけど」

「……ほう?」

 ためらいがちに千鶴が答え、植村が興味津々といった様子で千鶴に顔を近寄せる。未乃梨も、胸の奥が少しざわつくの隠しながら、千鶴の声を聞き逃すまいと千鶴の口元に横顔を近付けた。

 千鶴は、未乃梨の横顔にためらいながら、小声で答える。

「……星の宮ユースオーケストラっていう、凛々子(りりこ)さんが参加している、オーケストラです」


(続く)


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