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♯173

コンクールの結果発表の雰囲気に、異様さを覚える千鶴。

その異様さの理由は、上級生の植村ですらあまり納得のいかない様子で……?

 千鶴(ちづる)の戸惑いをよそに、結果発表は進んだ。

(ここって、こういう大声を客席で出すような場所だっけ?)

 周囲から上がる歓声や怒号や落胆の声に、この場がコンサートホールだということが千鶴の中でどうしても引っかかる。

 千鶴は、母親にちゃんとした服装で行くように言われてスカートまで買いに行ったディアナホールでの星の宮ユースオーケストラの演奏会のことを思い出さずにはいられなかった。

江崎(えざき)さん、びっくりした?」

 右隣に座る植村(うえむら)が、千鶴の顔を見ていた。

「その……こういうのは、想像してなかったっていうか」

「ま、運動部みたいなもんさ。どこの学校も、今日のために春からずっと練習してきたからね」

「運動部……ですか?」

 千鶴は、戸惑いを隠せなかずに植村を見返す。

(連合演奏会の練習、あんなに和気あいあいとしてたのに?)

 その千鶴の肩口を、未乃梨(みのり)がつついてきた。

「千鶴、あのね。中学の時もそうだったんだけど、吹奏楽部の練習を運動部みたいにスパルタでやっちゃうところって、結構多いの」

「それじゃあ、紫ヶ丘(うち)みたいな感じの練習って」

 連合演奏会に向けての分奏や合奏での子安(こやす)の指導を、千鶴は思い出さずにはいられない。子安は、高圧的な態度は一度も取っていないし、テューバの蘇我(そが)が合奏中に千鶴のコントラバスの音を妨害しようと無理やり大きい音で吹いたときも、つとめて穏やかに語りかけていた。

「正直、珍しいんじゃないかな。吹奏楽以外の演奏に関わるのを勧める顧問って、子安先生以外に見たことないし……」

 自信なさげな未乃梨の推測に、植村は腕組みをして千鶴と未乃梨の顔を順番に見回す。

「ま、他の学校だったら、あたしなんかピアノを辞めさせられたかもしれないねえ。けど」

 植村は視線を舞台に向けた。紫ヶ丘(ゆかりがおか)高校の前に演奏した、清鹿(せいろく)学園の結果発表の順番がそろそろ回ってきている。

「そういう部活がいい評価をもらっちゃうことがまあまああったりするわけよ」

 審査員長が舞台の上で厳粛に結果を続ける。

「清鹿学園、ゴールド、金賞」

 結果が告げられて、セシリアホールの客席から怒号のような歓声が拍手を伴って巻き起こった。それは、十と何秒か、ホールの客席を蹂躙し続けた。

 その歓声の出所が黒いジャケットの清鹿学園の部員が中心になって上げていることに、千鶴は後ずさりしたくなるような逃げ腰の気持ちすら抱きそうになる。その千鶴と、先程からのホールの様子に困り顔になりかけている未乃梨に、植村は小声で話し掛けた。

「……ま、紫ヶ丘(うち)も去年は金賞だったよ。地区大会止まりのダメ金、だったけどね」

 周囲の大声の中で、未乃梨と千鶴が顔を見合わせて声をひそめる。

「……それじゃあ、子安先生のあの教え方って、もしかして」

「……やっぱり、そんなに間違ってないってこと? 私が凛々子(りりこ)さんに教わるの、どんどんやれって言ってことも?」

 舞台の上で、審査員長が一度軽く咳払いをした。

「えー、皆さん、静粛にお願いします。続いて、県立紫ヶ丘高校。ゴールド、金賞」

(え?)

(本当に?)

 千鶴と未乃梨は、再び顔を見合わせた。ホールのそこかしこから拍手が起こっても、歓声はどこからも上がらなかった。

 植村は落ち着き払った様子で二人にひそめた声のまま頷いてみせた。

「……そういうことさ。ま、うちが金賞ってことは」

 千鶴は舞台に上がっている各高校の代表者の中で、黒いボタンのない詰襟を着た、さほど背の高くない男子生徒に目をやった。

(じゃあ、あの付属高校も……!?)

 固唾を飲んだ千鶴に代わって、未乃梨が植村に尋ねる。

「……植村先輩、付属の演奏、どう思いました?」

「……そうだねえ。他はの高校は自分たちの演奏の成果を見せに来てたけど、付属は客席に自分たちがやってる音楽を聴かせに来てた、って感じかなあ。ああいうスタンス、紫ヶ丘(うち)となんか似てるよね」

「……自由曲、指揮棒を持ってなかったの、ちょっと不思議でしたけど」

「……そういえば。あれって何か意味があるんですか?」

 未乃梨の言葉に反応した千鶴が、小首を傾げる。植村は、緩く組んでいた腕を解いた。

「……あれ、合唱なんかで結構やるんだけど、拍子をきっちり出し過ぎて音が固くならない工夫だよ。吹奏楽でもやらない手はないよね」

 三人が声をひそめて話しているうちに、舞台の上での結果発表は続いていた。先程の清鹿学園ほどではなくても、「ゴールド、金賞」と告げられた高校ではやはり歓声叫び声が上がっている。

 未乃梨は、植村や千鶴が座っているのとは反対側の、自分の左側からひそひそ声で何かを話す声をふと聞きつけた。どこかの高校の二年生か三年生だろうか、ぼやきとも諦めともつかないことを話している。

「……あーあ。うちら結局銀賞かあ。夏、終わったわ」

「……ここは清鹿とか竜崎(たつがさき)とかと当たるんだし、ま、勝てないよね」

「……でもさ、紫ヶ丘が金賞なんだよね」

「……紫ヶ丘って、鬼の子安が今いるとこでしょ? でも、子安先生、丸くなったね。今は鬼じゃないらしいし」

(この人たち、何を知ってるの? 子安先生の何を?)

 未乃梨は、漏れ聞こえてくる他校のひそひそ話から、耳が離せなくなってしまった。


(続く)

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