♯172
そして始まるコンクールの結果発表。
コンクールに対する姿勢は、植村も千鶴も未乃梨もそれぞれに違っていて……?
「――しかるに、本日はコンクールという皆さんの日頃の練習の成果を競う場ではありますが、一方で本日は各高校の吹奏楽部が集まった演奏会という側面もあり、その点を今一度念頭に置いて――」
コンクールの主催だという市の教育委員会の男性の講話を、千鶴は少しばかり興味深く聞いた。
(……コンクールも、コンサートでもあるってこと、なのかな。やっぱり)
千鶴は、強豪校と呼ばれている清鹿 学園や、それとかなり系統の近い竜崎商業の演奏をぼんやりと思い出さずにはいられなかった。
(あんな風に押し付けがましい演奏がいい、って思われてるっぽいのが不思議だけど……そうなると、紫ヶ丘とか、付属高校はどうなるんだろうなあ)
どうにも、穏やかな表現を全面に押し出した紫ヶ丘や、とっつきにくそうな未知の曲を音楽経験のまだ乏しい千鶴ですら引き込んだ付属高校の方が千鶴の印象に強く残っていることは確かだった。そこまで考えて、千鶴はふと思考の中で立ち止まる。
(あ、私は今年のコンクールは演奏するメンバーじゃなかったし、偉そうなことは言えないし……多分、公平な目では見られてないかもしれないけど)
ちょうど今、千鶴の両隣に座っている未乃梨やユーフォニアムの植村に加えて、サックスの高森といった普段から気安く接している面々を含んだ紫ヶ丘の演奏を、何の贔屓目もなしに評価する自信は、千鶴にはなかった。
(……コンクールで演奏してもいないのに、こんなことばっかり考えてても、仕方ないよね)
千鶴はとりとめのない考え事をしながら、コンクールの地区大会の主催者の講話や、審査員からの全体の講評をぼんやりと聞いた。審査員は管楽器の演奏家ばかりで、千鶴にはついていけない内容の話がほとんどだった。
(凛々子さんのオーケストラに弾きに来てたコントラバスの本条先生とか、こういう場所に来てくれたりするのかなあ)
そんなことを上の空で考えている千鶴を、植村が肘でつつく。
「江崎さん、そろそろ結果発表だよ」
「え? ああ、そうでしたね」
我に返る千鶴をよそに、未乃梨は緊張した面持ちで舞台の上に続々と上がる各高校の代表者を見つめている。紫ヶ丘高校からは、三年生で部長の与田というマッシュルームカットの少年が既に舞台に上がっている。
「さあて、今年はどうなるかな」
「植村先輩、緊張、しないんですか?」
悠然と構える植村に、未乃梨が間に挟まって座る千鶴の前に身を乗り出して尋ねる。植村は何の気負いもなさそうな様子で、未乃梨に答えた。
「まあ、コンクールだけが演奏の場ってこともないしねえ」
「あの、それって……?」
意表を突かれたのか、目を見開く未乃梨に、植村は続けた。
「こないだの連合演奏会とか文化祭もだし、吹奏楽以外だと、私みたく合唱部にピアノ弾きに行ったり、玲みたいに軽音部とか他校にサックス吹きに行ったりとかさ」
「……うちの部活、そういうのどんどんやれってスタンスですもんね」
「そうだね。そういやお二人さん、二学期に入ってすぐ発表会あるんだよね? 江崎さんが弦バスで、小阪さんがピアノ伴奏するんでしょ?」
「はい。凛々子さんに、千鶴が誘われて」
「仙道さん、確かどっかのオーケストラでコンサートマスターかなんかやってたっけね。そういう人と部活の外で関わるのって、江崎さんにも、小阪さんにもコンクールと同じぐらい大事じゃないかな?」
「……そう、ですよね」
「実は、発表会がちょっと楽しみかも。『オンブラ・マイ・フ』、お風呂とかで歌ったら結構気持ち良くて」
言い淀む未乃梨に代わって言葉を挟む千鶴に、植村は「悪くないね」と面白そうに笑う。
「それが分かれば『オンブラ・マイ・フ』は難しくないよ。……お、そろそろかな」
植村は舞台の上に目をやった。審査員長に何かのリストのようなものが手渡される。ホールの客席が静まり返って、年かさの眼鏡の審査員長が厳粛に告げる。
「それでは、本日の結果発表に移りたいと思います」
どこまでも気楽に構える植村と、ホールの雰囲気に飲まれたように緊張した面持ちの未乃梨に挟まれて、千鶴はなんとも感情の定めづらい顔で舞台の上を見た。
「――高校、銀賞。市立桜田高校、ゴールド、金賞。明森高校――」
審査員長が校名を読み上げるたびに、歓声や落胆の声が上がる。「ゴールド、金賞」と表彰された高校の部員らしい歓声は、千鶴にどこかで見聞きしたような違和感を覚えさせた。
(これ、何かに似てるような……中学で、バスケ部とかバレー部の助っ人に行って試合で勝ったみたいな? でも、ここって……市とか県の体育館とか競技場じゃなくて、コンサートホールだよね!?)
(続く)




