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♯168

付属高校の演奏に感動する千鶴と未乃梨。早くも来年のコンクールで千鶴と共演するのが楽しみな未乃梨と、その一方で、千鶴は解決していない思いを抱えていて……。

 付属高校の「六声のリチェルカーレ」が全ての声部が重なって、厳粛な響きの中に終止符を迎えるのを、千鶴(ちづる)未乃梨(みのり)は聴き届けた。

 静かに、決して埋まっているとは言えない客席のそこかしこから拍手が上がる。千鶴と未乃梨も、その拍手に加わった。

 舞台からはけていく付属高校の吹奏楽部員を見送りながら、千鶴がぽつりとこぼす。

「付属高校、凄かったね。何か、綺麗だった」

「うん。……連合演奏会のときも凄かったけど、今回はもっと人数が少ないのに、こういうことができるなんて、ね」

 未乃梨はやや上目遣いになりながら、千鶴の顔を見た。千鶴は、舞台からやっと未乃梨に視線を移す。

清鹿(せいろく)学園みたいに、とにかく大きい音を出すばっかりが吹奏楽じゃないんだね」

「そうだね。……私、来年はあんな風に、千鶴と一緒にコンクールで演奏したいな」

 千鶴は、きょとんと目を丸くした。

「もう、未乃梨ったら。二学期に入ってすぐ私と一緒に演奏するじゃない?」

「……え?」

 今度は、未乃梨が目を丸くする番だった。

「私と千鶴が一緒って?」

「ほら、凛々子(りりこ)さんとかの発表会。私の『オンブラ・マイ・フ』、未乃梨が伴奏してくれるんでしょ」

「あ……そう、だっけ」

 千鶴に言われて、未乃梨は言葉を詰まらせかけた。

「発表会、このセシリアホールでやるって凛々子さんが言ってたよ。コンクールがここのホールでちょうど良かったよね」

「あ、……うん」

 ホールの天井や舞台を見回す千鶴に、未乃梨はうつむいて膝の上の自分の手に目を落とす。

(千鶴、もう発表会のこと、考えてるんだ。……でも、私は)

 未乃梨は顔を上げると、つとめて明るく千鶴に話しかけた。

「発表会のあとは、アンサンブルコンテストとか、文化祭とか、来年のコンクールとかの準備だよね。……私、部活でももっと千鶴の弦バスと一緒に演奏したいな」

「そうだね。また、凛々子さんにいっぱい教えてもらわなきゃ」

「もう。……私より、他の女の子の方がいいの?」

「べ、別に、そういう訳じゃ――」

「そりゃあ、……弦楽器のことはヴァイオリンやってる凛々子さんに教わらなきゃどうしようもないって、分かるけどさ」

 頬をむくれさせる未乃梨を、千鶴は何とか宥めようとした。

「……その、未乃梨と部活で一緒に演奏するために、凛々子さんに教わってるっていうのも、あるしね?」 

「……その言葉、信じてあげる。ちょっと、お手洗い」

 未乃梨は頬をややむくれさせたまま、ホールの席を立った。

「あ、うん。行ってらっしゃい」

 いつもより弱気な千鶴に見送られて、未乃梨はホールの外に出ていった。


 セシリアホールの外の廊下で、行き交う他の高校の部員たちを眺めながら、未乃梨は少し大きくなりそうなため息をついた。

(千鶴ったら、コンクールで凛々子さんの名前を出さなくても。……発表会は私もピアノ伴奏で参加するけど)

 沢山の高校生が集まるざわついた雰囲気のセシリアホールで、夏休み明けに千鶴や凛々子が参加する発表会があるということが未乃梨にとって少し想像しにくかった。

(弦楽器だけの発表会……どんなことをやるんだろ。……千鶴、これから部活以外の場所で弦バスを弾く機会、増えちゃうのかな)

 そんな、淋しさと不安の混ざった薄暗い思いが、どうしても未乃梨の中でわだかまってしまう。千鶴がコントラバスを手にしている時、特に学校で練習している時は凛々子と一緒にいることがほとんどだった。

 未乃梨が千鶴と一緒に出た本番二回も、その片方が部活ではなく、凛々子他の星の宮ユースオーケストラの弦楽器の面々と出た「あさがお園」での訪問演奏というのも、未乃梨の淋しさを煽っているようにも思える。

(千鶴からあの返事も貰ってないし、一緒に演奏する本番もあんまりないのに……何だかんだで凛々子さんのことばっかり)

 千鶴への思いが、無理やり着火しようとして煙ばかりを上げている湿った薪のように燻って、未乃梨は思わず唇の端を噛む。

 その未乃梨に、声を掛ける者があった。

「お、小阪(こさか)さんじゃん」

 コンクールの出番を終えて、アシンメトリーのボブに入ったメッシュや耳のピアスを隠そうともしなくなった高森(たかもり)が、未乃梨に小さく手を振っていた。


(未乃梨、怒ってない、よね)

 手洗いに立った未乃梨の後ろ姿を見送ってから、千鶴はホールの席の背に身体を沈めるようにもたれ込んだ。

(未乃梨には「カノジョになりたい」、って告白されて、凛々子さんには「演奏者としても、一人の女の子としても一緒にいたい」って言われてて……でも、二人にまだ何も返事もしてなくて)

 千鶴は、改めて付属高校の次の高校がセッティングを始めた舞台を眺める。

(あそこに私が立つのが来年じゃなくて夏休み明けで、しかも部活じゃなくて凛々子さん出る発表会で。未乃梨も一緒だけどフルートじゃなくて私のピアノ伴奏で)

 未乃梨は、明らかに来年のコンクールで千鶴と一緒に演奏することを楽しみにしている様子だった。一方で、千鶴が頭に描いている自分がどこかでコントラバスを弾く姿は、どうにも凛々子や智花(ともか)本条(ほんじょう)といった、今までに会って話したことのある弦楽器の奏者と一緒にいる場所が浮かんでしまう。

 千鶴は、先程まで聴いていた「六声のリチェルカーレ」の重なり合う旋律のように、もつれていく未乃梨と凛々子のことを思い浮かべて、小さくため息をついた。


(続く)

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