♯166
付属高校の演奏で気づきを得る千鶴と、来年のことを早くも考え始めている未乃梨。
二人の部活に対するベクトルは知らないうちに違っていて?
千鶴の中でぼんやりと浮かんだ疑問は、ぼんやりとしたまま別のことへと流れていった。
(「あさがお園」でやった少人数での本番も、連合演奏会で始めて吹奏楽部の合奏に参加した時も、周りを見ながら演奏したら大抵上手くいったし……秋にここでやる発表会の合奏とか、……凛々子さんが入ってるみたいなオーケストラでもそうなのかな)
千鶴はじっと、「シルフィード・マーチ」の中間部から主部に返ろうとする舞台の上の付属高校の演奏を見据えた。
ずれて重なり合い、各パートの間で受け渡されながら追いかけ合うように進む旋律は、クラリネットとサックスが合わさった群が描く思わせぶりな和音で一区切りがつけられた。
その、旋律の進行を終わらせるには心許ないというか座りの悪い和音から、クラリネットとサックスのざわつくようなパッセージが春風の中を舞う花びらのように舞い立った。二種類の木管楽器の群のざわめきは四小節の長さの登り坂を上がり切ってトランペットの颯爽とした旋律を呼ぶ。
ここまで聴いて、千鶴は居住まいを正した。
(付属高校の人たち、大きな音を出しても耳が痛くなるような乱暴な音じゃない……!?)
ここまで聴いていて、吹奏楽部に入ってまだ三ヶ月ほどしか経っていない千鶴でも、連合演奏会やコンクールに出ているのはフォルティッシモではとにかく大きな音を出すことばかりを考えている吹奏楽部ばかりのように思っていた。
それは強豪と呼ばれている清鹿学園でも例外ではなく、むしろ押し付けがましい大きな音を見せつけるような演奏は清鹿が筆頭と言ってよく、千鶴にはそれがやや引っかかっていた。
その千鶴の認識を、付属高校の吹奏楽部は覆した。
付属高校の吹奏楽部は、演奏している人数もあって音の大きさは千鶴たち紫ヶ丘高校の吹奏楽部にすら敵わないかもしれない。それでも、はっきりと聴こえる全てのパートの個人ごとの音は、千鶴ですら他のどの高校よりも美しく感じる。主部に戻って結尾に向かう付属高校の「シルフィード・マーチ」は、ホルンやトロンボーンも加わって溌剌とした終止へと向かっていく。
(そういえば、凛々子さんや本条先生も。智花さんとか、瑞香さんも。こないだのオーケストラの人たちって、付属高校みたいに、うるさいだけの音にならないように演奏してたかも……?)
そう気づいた千鶴は、視線を逸らすことなく舞台の上を改めて見据えた。
未乃梨は、今度は目だけを動かして、隣の客席に座っている千鶴の様子をうかがった。
(千鶴、さっきから付属高校の方ばっかり見て、そのままずっと聴いてる……千鶴もやっぱり、何かに気づいたかな)
真剣な面持ちで付属高校の演奏に聴き入る千鶴の横顔から、未乃梨は視線を舞台の上の付属高校に戻した。
(……私は、こんな風に演奏できたら、って軽い気持ちで千鶴を誘っちゃったけど。付属高校って個人レベルだとすごく上手い人ばっかりだったんだ……)
未乃梨から見ても、付属高校の吹奏楽部員は技術的な部分では隙はなかった。「シルフィード・マーチ」の中間部で最初に演奏された旋律が、「あさがお園」で千鶴と一緒に演奏したパッヘルベルの「カノン」のように追いかけ合って進むことは、未乃梨はすぐに気付いた。
(あの「カノン」みたいに追いかけ合う場所、びっくりするぐらい綺麗だった。……来年、千鶴と一緒にコンクールで演奏できたら、今日の付属高校ぐらい綺麗に演奏できるようにしなきゃ、ね)
主部に戻ってから、最後のコーダに入って「シルフィード・マーチ」が大詰めを迎えるまでの間、未乃梨の視線は時折千鶴の横顔に向けられた。
(私、やっぱり吹部で千鶴ともっと演奏したい。そのためにも、私も今の千鶴が付属高校の演奏に聴き入ってるみたいに、私も千鶴にしっかり聴いてもらえるような演奏をしなきゃ)
付属高校の「シルフィード・マーチ」が終止を迎えるころ、未乃梨の決意は固まった。
自由曲に入る前に、舞台の上のトランペットとトロンボーンの奏者が楽器のベルに何か丸いものを差し込んでいるのを見て、千鶴は小首を傾げた。
「未乃梨。トランペットとトロンボーンのあれ、何してるの?」
「ああ、あれはミュートって言って金管楽器の音色を変えるやつなんだけど……最初から着けるなんて、ちょっと珍しいかな」
未乃梨は未乃梨で、付属高校の使っている楽器に妙な点をいくつか見つけていた。
(クラリネットでキイが金色になっている人が一人いるし、サックスはマウスピースが高森先輩みたいにメタルのを使ってる人がいるし……付属高校の吹部って、部活の中で楽器のメーカーとかを揃えたりとか、しないのかな)
千鶴と未乃梨は、他にも何か自分の知らない何かが出てきそうな付属高校の自由曲の前に、顔を見合わせた。
(続く)




