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♯165

未乃梨の勧めで付属高校の演奏を聴きに行くことにした千鶴。

その演奏は、明らかに他の高校の吹奏楽部とは様子が違うようで……?

 パンフレットに書かれている、付属高校が演奏する課題曲に未乃梨(みのり)はやや興味を惹かれた。

(「シルフィード・マーチ」……? あまり演奏している学校はないみたいだけど)

 舞台の上では、ボタンのない黒の詰襟を着た、付属高校の生徒らしいスポーツ刈りの少年が指揮棒を掲げている。

 その指揮棒も普通の指揮棒よりは短そうで、指揮台に立っている詰襟の生徒もおそらくは男子としてはあまり背の高い方ではなさそうで、もし、今未乃梨の隣に座っている千鶴と並んで立ったら、千鶴の肩にやっと頭が届くぐらいだろうか。。

 その、背丈の割には溌剌とした身のこなしで妙に目を引く男子生徒の指揮棒が振り下ろされた。


「シルフィード・マーチ」は、クラリネットとサックスのざわつくようなパッセージで始まった。クラリネットとサックスのざわめきはほんの四小節ほどで盛り上がって頂点に達し、そのままトランペットが颯爽と旋律を吹き立てるマーチの主部に入っていく。

 付属高校の演奏に、千鶴は不思議な身近さを感じていた。

 前奏で軽やかに入ってくるクラリネットとサックスの群も、主部に入って旋律を颯爽と吹くトランペットも、その後ろで土台になる和音を組むホルンやユーフォニアムやテューバも、フレーズの要所で互いに視線を送りあっている。

(付属高校の演奏、この前に「あさがお園」で演奏した時の私たちみたい?)

 その付属高校の音は、紫ヶ丘(ゆかりがおか)高校の繊細な音とも、清鹿(せいろく)学園の剛直な音とも異なっている。互いに聴き合い、譜面台に置いた楽譜すらほとんど見ずに演奏している付属高校の演奏は、全てのパートが滑らかにつながっている。

 指揮者の棒は合奏全体を引っ張るというよりは演奏の目安を作るような役割のようで、そのせいか吹奏楽やオーケストラのような大人数での演奏形態を聴き慣れていない千鶴にも、個々の演奏者の音がはっきりと聴き分けられそうだった。

 付属高校の「シルフィード・マーチ」は、今度はトロンボーンやユーフォニアム、そしてテューバに主旋律が移った。低音楽器による旋律は勇ましい表情で描かれていたが、それは決して押し付けがましく響いたり、レンガやブロックでも投げつけるような過剰に攻撃的な音ではなかった。

 未乃梨は、低音楽器に主旋律が移って数小節ほどすると、わずかに顔の向きを隣に座っている千鶴に向けた。

 トロンボーンやテューバといった低音楽器に目を向ける千鶴が、来年のコンクールの舞台に立つ姿は未乃梨にとってますます鮮明に思い浮かべられるようになっていた。

(初心者で入った今年は残念だったけど、来年こそは千鶴と一緒に演奏したいな)

 低音楽器群の勇ましい旋律が繰り返されて、飾り立てるようなフルートのパッセージが加わった。低音楽器の核になっているユーフォニアムの奏者が、フルートパートに明らかに視線を送っている。

(来年は、あんな風にコンクールで千鶴と演奏できたらいいな。……千鶴が私のブレスを見て、私が千鶴の弦バスの弓を見て)

 付属高校の演奏に聴き入る千鶴の横顔は、未乃梨の視線に気付かないままだった。未乃梨はそのまま顔を舞台の方に戻す。ちょうど、マーチの主部が締めくくられて中間部に入るところだった。

 マーチの中間部では、付属高校の演奏はがらりと変わった。指揮者を務める男子生徒が指揮棒を左手に逆手に持って身体に引きつけて、空いた素手の右手で素手で控えめに振っている。その、指揮者が棒を使わずに振る「シルフィード・マーチ」の中間部は、千鶴も未乃梨も予想だにしなかった形で始まった。

 まず、フルートとオーボエのユニゾンが、ファゴットの悠然とした伴奏に乗って可愛らしく歌う。フルートとオーボエはいつしかずれて重なり合い、フルートはクラリネットに、オーボエはホルンにとそれぞれ旋律を受け渡した。ファゴットの低音にはユーフォニアムが加わり、ずれて重なる二本の同じ旋律を、同じパターンを繰り返す伴奏で支えていく。

 千鶴は、そのずれて重なる同じ旋律と、それを支える繰り返しの低音の伴奏に、奇妙な既視感があった。

(こういうのって、どっかで見覚えが……あっ)

 千鶴の頭の中で、「あさがお園」で演奏した曲のひとつが急速に思い出される。同じことを繰り返す低音の伴奏と、その上で展開されるずれて進む複数のメロディといえば、今の千鶴に心当たりのある曲はひとつだった。

(これ、楽器が途中から変わったり増えたりしてるけど、やってることは「パッヘルベルのカノン」と何かそっくり……?)

 違うことといえば、「シルフィード・マーチ」の中間部はあくまでも行進曲の体裁で作られていて、それは中間部であっても程良い速さで歩けそうなビート感を持っていることだろうか。それでも、同じ旋律線がずれて重なって進んでいく音楽を、奏者がそれぞれに互いにアイコンタクトを取りながら進んでいくのは、千鶴にとっては妙に驚きを感じる部分だった。

(あれ? こんなふうに、お互いを見て聴きながら演奏するのって、オーケストラも吹奏楽も本当は関係ないんだろうか?)

 千鶴の頭の中で、ぼんやりとした疑問が浮かび上がった。


(続く)

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