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♯163

コンクールの演奏が上出来で明るい気持ちの未乃梨と、演奏を聴きながらこの場にいない凛々子を思い出してしまい後ろめたい千鶴。

二人はどこかすれ違いかけて……?

 演奏を終了した紫ヶ丘(ゆかりがおか)高校吹奏楽部のコンクールメンバーは、セシリアホールのロビーから外に出てすぐの場所で、全体の記念撮影を行った。

 課題曲の「スプリング・グリーン・マーチ」も、自由曲の「ドリー組曲」も、決して人数が多い方ではない紫ヶ丘高校の吹奏楽部は、他の高校に比べれば繊細さに寄った表現に挑戦していて、それはどちらかといえば成功していた。部員たち、特に未乃梨(みのり)を含めた木管楽器のパート員の表情の明るさが、それを物語っている。

(来年は、千鶴(ちづる)もここでユーフォの植村(うえむら)先輩とか、テューバの新木(あらき)先輩とかと一緒に写ってくれるんだよね)

 記念撮影の間、未乃梨はずっと来年のコンクールで千鶴と一緒に演奏している自分を空想していた。フルートの二年生の仲谷(なかたに)が、未乃梨を軽く肘で小突く。

小阪(こさか)さん、ご機嫌だね。今日、調子良かったもんね?」

 二番フルートを吹いていた上級生にくすくすと微笑まれて、未乃梨は頭を掻いた。

「来年は、もっと良い演奏にできるよう、頑張ります」

「二年生になったら、あの弦バスの背の高い子も一緒に出られるし、楽しみだね」

 仲谷の言葉に、未乃梨は今度は照れくさそうに下を向く。

「……そんな。でも、今日の『ドリー組曲』、千鶴と一緒に吹きたかったなって、何回か思っちゃいました」

「ああいう曲は弦バス欲しいよね。あんなカッコいい子が弾いてくれたら、尚更ね?」

「もう、仲谷先輩」

 未乃梨は恥ずかしがりつつ、ふとこの場にいない千鶴の姿を探す。

(いるわけ、ないか。千鶴、今ごろ他の一年生と舞台の転換とか、打楽器の運び出しとかやってくれてるんだっけ)

 最後の一枚を撮り終わると、未乃梨はコンクールに出る学校の楽器置き場となっているセシリアホールの広い練習室へと急いだ。

 千鶴は、身体を動かしていないと誰かの顔を思い浮かべてしまいそうだった。

 舞台袖からの楽器や譜面台の搬出作業を、千鶴は率先して取り掛かった。ティンパニなどの大型の打楽器や譜面台の収まった大きなケースや、記念撮影を終えて一番に戻ってきたテューバの収まっている大きくて重いハードケースを、千鶴はトラックにどんどん積み込んでいく。

 

「今年の紫ヶ丘は片付けが速いねえ。君、元は運動部かなんかやってたかい?」

 楽器を載せたトラックのドライバーに問われて、千鶴は「ま、まあ、そんなとこです」 と言葉を濁した。

「入学した時に友達に誘われて、高校から未経験でコントラバスを始めました。今日はコンクールメンバーじゃなくて」

「へぇ。女の子でそのガタイなら、来年は立派に戦力だね」

 千鶴はドライバーに曖昧に笑った。

「ええ、まあ……」

「ま、裏方も立派な部員の仕事だよ。君みたいに腕力があって進んで作業をやってくれる子がいるとしても助かるな」

 そう言って立ち去る自分より明らかに背の低いドライバーの後ろ姿を見送りながら、千鶴はあらかた楽器や譜面台などが積み込まれたトラックの荷台の中を見て、小さくため息をついた。

(こっちで作業しといてよかったかな。……今の私、未乃梨の顔を見るのはちょっとしんどいし)

 千鶴はトラックを離れると、制服のスカートのポケットに仕舞ったスマホの画面を見た。表示されている時計はバスでの昼休憩よりまだ大分早い。

 ぼんやりとバスに向かって歩きながら、千鶴は舞台の上の未乃梨を

思い出そうとした。そのフルートを手にした未乃梨の後ろ姿に、どうしてもこの場にいないはずのヴァイオリンを手にした凛々子(りりこ)の姿が重なる。

(……私、未乃梨より、凛々子さんと演奏したいって、思ってるんだろうか)

 そう自分に問いかけても、答えは出そうになかった。

(そもそも私、このセシリアホールで秋にやる本番も入れたら、吹奏楽部よりよそで演奏することの方が多くなっちゃうし、学校の練習も凛々子さんが付きっきりで星の宮ユースオーケストラの人たちも何か私のこと注目してるし)

「千鶴。搬出とか、お疲れ様」 

 明るいソプラノの声に呼び止められて、ぐるぐるととりとめのないことを考え込みかけた千鶴はぎくりと後ろを振り向いた。

「あ、未乃梨。本番、お疲れ様。演奏、綺麗だったよ」

「ありがと。未乃梨、難しい顔をしてるけど、どうしたの? 考え事?」

「ああ、気にしないで」

 そう言って打ち消してはみたものの、千鶴の中のどこかしら未乃梨に対する後ろめたさのようなものはなかなか消えてはくれなかった。

(……言えないよ、舞台袖で凛々子さんのことを思い出してたなんて。コンクールの本番で、他の女の子のことを考えてたなんて)

 何とはなしに、千鶴は未乃梨から目を逸らした。その千鶴の手を、未乃梨が引っ張る。

「千鶴。お昼一緒に食べよ?」

「え? ああ、うん」

「もう。千鶴、何か変よ」

 未乃梨に引っ張られながら、千鶴はバスの中に乗り込んだ。自分の席で朝にコンビニで買ったパンの妙に進まない昼食を取る千鶴に、未乃梨が先程と変わらない明るい声を向ける。

「千鶴、見て。付属高校、バッハやるんだって」

「バッハ、ねえ……」

 隣に座っている未乃梨からコンクールのプログラムを差し出されて、千鶴は先程の後ろめたさが更に濃くなったように感じた。

(バッハって、初めて私が人前でコントラバスを弾いた本番でやった曲を作った人じゃないか。その時も凛々子さんが一緒だったし……)

 考え事に整理のつかない千鶴の視界に、その付属高校が演奏する曲の名前が入ってきた。

「六声のリチェルカーレ……?」

「ねえ千鶴、これ、聴いてみようよ? 結果発表まで自由行動だし」

 未乃梨に申し出られても、千鶴の気持ちは重いままだった。


(続く)

 

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