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♯158

ついに始まったコンクールでの、清鹿学園の吹奏楽部の演奏。

それを舞台袖で待機しながら聴く、千鶴たち紫ヶ丘高校の面々の感じたものは……。

 ステージの上で、紫ヶ丘(ゆかりがおか)高校の前に演奏する清鹿(せいろく)学園の演奏が始まった。

 最初に演奏する四曲の指定のマーチから選ぶ課題曲は、清鹿学園は「マーチ『グランドサミット』」という曲を選択したようだった。


 薄暗い舞台袖で、紫ヶ丘高校の吹奏楽部員たちは清鹿学園の演奏に耳を傾ける。

「マーチ『グランドサミット』」は、勇壮なファンファーレから始まった。

 紫ヶ丘高校の演奏する「スプリング・グリーン・マーチ」の序奏とは毛色の異なる勇壮で剛直なファンファーレは、ステージ衣装のエンブレムの入った黒いジャケットと相まって紫ヶ丘高校の部員たちを少なからず驚かせた。


 蘇我(そが)は、序奏のファンファーレに早くも耳を奪われた。

(この熱くて金管がよく鳴る清鹿のサウンド、私も混ざって吹きたかったな)

 音の出だしが定規で計ったように全て揃った和音も、異なる楽器の間で受け渡されても全くぶれがないアーティキュレーションも、蘇我のよく知る清鹿学園の演奏の「売り」だった。

(清鹿の先生の熱血指導、受けて見たかったな。未経験で入部しても一年でここまで演奏できるようになる、っていうし)

「マーチ『グランドサミット』」の演奏は、剛直そのもののサウンドで続いていく。マーチが中間部に入って、フルートとクラリネットが主旋律を受け持った時、蘇我はごく小さなことが引っ掛かった。

(清鹿って木管も綺麗に揃うんだよね。……あれ? フルートとクラリネットって、こんなに固い音で吹くんだっけ?)


 千鶴(ちづる)は運び込みを任されたティンパニの側で、袖と舞台上を仕切る反響板の隙間から、ステージの上の清鹿学園を覗き見た。連合演奏会の時と同じ疑問が、千鶴の頭をよぎる。

(あれ? コントラバスパート、どうしてあんな変な構えをしてるんだろう?)

 清鹿学園にはコントラバス奏者が二人、客席から見てテューバより更に舞台の右側に当たる上手の端に立って演奏していた。二人とも女子で、楽器のエンドピンを引っ込めて弾いているあたり、身長は並の男子を追い越す千鶴よりずっと低い。その二人が、コントラバスの胴体を客席に向けながら、弾いている当人は顔や身体を無理やり指揮者に向けた、奇妙な構え方で窮屈そうに弾いている。

(あれ? こないだ聴きに行った星の宮ユースオーケストラのコントラバス、本条(ほんじょう)先生もあの波多野(はたの)って人もあんな変な構え方をしてなかったぞ?)

 楽器と奏者の身体の向きがちぐはぐなコントラバスの弾き方が、千鶴にはどうしても気になってしまっていた。


 自分のアルトサックスを抱えながら、高森(たかもり)は清鹿学園のマーチのリズムに合わせて、舞台袖の床を音が出ないように足で拍子を取って乗っていた。

(すんごい固いビートだね。ロックやったらもっと乗れそうだ)

 高森は清鹿学園が打ち出すマーチのビート感に合わせて、この場にいない者をふと思い浮かべる。

(でも。清鹿がロックをやったとして、瑠衣(るい)のギターみたいにステージも客席も盛り上げられるかな?)

 何度かライブハウスや練習スタジオで一緒に演奏した、桃花(とうか)高校の織田(おりた)のギターが、高森の頭の中に浮かび上がる。指揮者に黙って従うような形で大人しく演奏するはずのない、簡単なコードだけでバンドを一気に引っ張って行く織田の姿は、舞台で演奏している清鹿学園にはない自在さや野性のような感覚があるように思われた。

(清鹿のポップスステージに瑠衣を放りこんだら、とんでもない事になりそうだね。……猟犬の群れに虎を放つようなもんか)


「マーチ『グランドサミット』」の次に、清鹿学園は自由曲として「吹奏楽のための交響的素描」という、日本の作曲家による吹奏楽オリジナルの作品を選んでいた。

 植村(うえむら)は、その浮かんでは流れる霧のような和音に、はたと思い当たるものを思い出した。

(この曲、ピアノの発表会でたまに大学生とか先生が弾くドビュッシーみたい。……大抵素敵な曲ばっかりだけど、今の清鹿の演奏ってあたしがやらかした時のピアノの演奏みたい)

 浮かんでは流されるような儚げな和音の運びは、清鹿学園の吹奏楽部の剛直な演奏でバレエの上演中に空手の演舞が始まるような、場にそぐわないちぐはぐさを生み出している。

(ドビュッシーでもあたしらがコンクールでやるフォーレでも、何ならショパンとかモーツァルトでもそうなんだけど)

 植村は自分のユーフォニアムを抱えながら、舞台の方向に背を向ける。舞台上で演奏している硬質な響きが、植村の聴覚が捉える範囲を離れた。

(ピアノのレッスンでフォルテを鳴らすことばっかり考えてたら先生に叱られるよね。ピアノで皿を洗っているときみたいな音を鳴らすんじゃない、って。ピアノも、管楽器も一緒だよ)

 舞台での清鹿の自由曲は、まだ始まったばかりだった。その演奏は、ひたすら固く重い響きで続けられようとしていた。


(続く)

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