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♯154

期末試験を終えて、コンクール本番に向けて動き出す吹奏楽部。

一方で、千鶴はどうやら夏の予定がもう一つ増えそうで……?

 紫ヶ丘(ゆかりがおか)高校の一学期の期末試験の最終日、最後の科目の試験が終わった後で吹奏楽部員はコンクールに出ない初心者の一年生も含めて音楽室に集まった。

 音楽室に集まった部員の前で、顧問の子安(こやす)は全員にプリントを配ると、手短に説明をした。

「来週の日曜日、コンクールの地区大会がセシリアホールで開催されます。会場までは学校からバスと楽器運搬のトラックを一台ずつで移動します。その他詳細は今配布したプリントを読んでおいて下さい。何か質問は」

 一年生でコンクールメンバーのクラリネットの男子が、早速挙手した。

「当日演奏するメンバーの服装は何か用意するんですか?」

「特にありません。全員制服で、コンクールメンバーも制服で演奏してもらいます」

 えーっ、と残念がる小さなざわめきの声が、一部の部員たちの間から上がる。恐らく、中学でコンクールを経験した一年生だろう。

 千鶴(ちづる)は、音楽室の隣の席に座る未乃梨(みのり)に思わず尋ねた。

「吹奏楽のコンクールでも、凛々子さんのオーケストラとか発表会みたいに衣装に着替えたりとかするの?」

「学校によっては、かなあ。私も中学じゃコンクールは制服だったし」

「ふーん、色々あるんだね。発表会用に買ったブラウスとスカート、来年使えるのかなとか思ってた」

「前にメッセージに画像で送ってくれたやつだよね。……千鶴、今年からコンクールに出られたら良かったのに」

 その未乃梨の言葉尻を、ベリーショートの髪に眼鏡の少女が捕まえた。

「初心者に出てこられても邪魔なだけよ。コンクールは遊びじゃないんだから」

 すぐ近くに座っていた、テューバの蘇我(そが)が千鶴や未乃梨の方すら見ずにぼそりと言い放った。すぐさま、蘇我の後ろに座っているユーフォニアムの植村(うえむら)が蘇我の襟首を軽く掴む。

「経験者だからってでかい顔すんな。半人前はあたしら含めて部員みんな一緒だっての」

 蘇我が一気に静かになってから、子安は「えー、こほん」と小さく咳払いをする。

「皆さんは紫ヶ丘高校の代表としてコンクールの会場に行くわけですから、コンクールメンバーも演奏しない裏方の皆さんも、周囲の迷惑にならない行動をお願いします。あと、制服は皆さんが紫ヶ丘高校に通っている間の正装でありますので、そういう服装で学校の外に出るということを意識して下さい。では、この後はいつも通りコンクールメンバーは合奏、それ以外は個人練習とします」

 子安が締めると、部員たちはそれぞれの場所に移っていった。



 その日の千鶴の練習は、凛々子とチャイコフスキーの「セレナード」の「ワルツ」を合わせた。

 凛々子のヴァイオリンは、今までパッヘルベルの「カノン」やバッハやヴィヴァルディを合わせた時のような端正に進む曲とは、全くテンポの取り方が違った。前に音楽室から聴こえる合奏練習の「キティ・ワルツ」に合わせて凛々子と踊ってみた時の感覚がなければ、千鶴には難しい。

 そして、未乃梨が吹いているかもしれない合奏練習に合わせて凛々子に誘われるまま身を寄せ合って踊っていたことが、千鶴には少しばかり気恥ずかしいのだった。

 それでも、進んでは留まってを繰り返して、揺らぐテンポの中でコントラバスを弾いてついてこれている千鶴に、凛々子は満足そうに口角を上げた。途中に出てくる、リズム打ちの伴奏ではない旋律の断片のような細かな音符で転んでしまったことを除けば、千鶴は何とかチャイコフスキーの「ワルツ」を通せていた。

「悪くないわね。途中の細かい八分音符がもつれなければ、チャイコフスキーの『ワルツ』も合格かしら」

「……すみません。ちゃんと練習してきます」

「気にしないで。本番は夏休みが終わってからだし、焦ることはないわ」

 凛々子はヴァイオリンを顎に挟んだまま、気落ちする千鶴を励ました。

「そうそう、夏休みといえば。千鶴さんは吹奏楽部のみんなとどこかに出かけたりするの?」

「うちの部のコンクールの結果しだい、かなあ。実は未乃梨とか高森(たかもり)先輩とかと、プールに行かないかって誘われてるんですけど」

 そう言いながらリボンで高めのショートテイルに結った髪の襟元をあおぐ千鶴に、凛々子は自分もヴァイオリンを顎の下から外して首周りをハンカチで拭いた。

「あら、夏らしくて良いわね。ところで千鶴さん、もう一つ夏らしい予定はいかが?」

「何か、あるんですか?」

 凛々子の申し出に、千鶴は襟元をあおぐ手を止めた。

「ええ。この前の演奏会があったディアナホールの近くの三日月大通り、八月の後半に『星月夜(ほしづくよ)祭り』っていう通り全部を歩行者天国にする夏祭りが毎年あるでしょう? 未乃梨さんもぜひ誘って、一緒にどうかしら」

「多分大丈夫ですけど……三人で、ですか?」

 思わず言い淀む千鶴に、凛々子はいたずらっぽく笑う。

「あら、私と二人っきりがいいの? それはそれで構わないけれど」

「あ、あの、そういう訳じゃなくて! 部活がコンクールで上の大会に行ったらまた未乃梨が忙しくなっちゃうしで」

 しどろもどろになる千鶴に、凛々子はいたずらっぽい笑みを崩さないまま続けた。

「冗談よ。ただ、うちのオケのメンバーが千鶴さんと未乃梨さんに会ってみたいって言うものだから」

「え?」

 意外な凛々子の誘いに、千鶴は狼狽を止めた。


(続く)

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