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♯153

中学時代とは全く違う、繊細な合奏の組み立てと穏やかな指導が気になりつつついていく未乃梨。

それには不服の部員も、一部にはいるようで……。

 子安(こやす)の指揮棒が止まるのを見届けると、未乃梨(みのり)は構えているフルートをゆっくりと下ろして、すうっと息を吐いた。

「キティ・ワルツ」も含め、今日の吹奏楽部の合奏は随分と軽やかで線の細い音に仕上がっていったように未乃梨には感じられた。

 テンポやフレーズに注意を払いながら、子安の指揮や他の部員の演奏と自分の音が噛み合うようにフルートを吹くのは、未乃梨にとって未知の難しさがあった。

(吹奏楽って、こんな風に神経を使って演奏するものだったっけ? 中学校の時は先生に大声で指示を出されながらひたすら大きくて強い音をみんなで出していたけど)

 未乃梨が今までに聴いたことのない音が、今日の合奏では色々なパートから出ていた。テューバとユーフォニアムはオクターブで音が柔らかく混ざっていたし、サックスはクラリネットのように振る舞うように聴こえる箇所がいくつもあった。

 フルートを吹いていた未乃梨も、吹奏楽ではしたことのない吹き方をしていたように、自分でも思う。どちらかといえば、それは「あさがお園」の本番で千鶴(ちづる)凛々子(りりこ)といった弦楽器の演奏者と一緒に吹いた時の感覚に近い。そして、未乃梨は身体に感じる疲労が中学時代に比べて遥かに小さいことに、内心驚いていた。

(あの時も、特に大きな音を出そうと考えてなかったっけ。……それにしても、高校に入ってから、合奏練習で頭は使ったけどあんまり身体が辛くない……?)

 指揮台の上のスコアを閉じながら、子安は音楽室の部員たちを見回した。

「それでは、今日の合奏練習はここまでとします。期末試験も控えていますし、皆さんはしっかりと身体を休めて下さい。何か質問がある人は、今のうちに」

 部員の半分ほどが、どよめき出した。その中から、挙手をするものがいた。

「では、蘇我(そが)さん。どうぞ」

 テューバパートの方を向く子安に、蘇我は自分の楽器を抱えたまま椅子から起立する。

「今日の合奏練習、ずっとステージで映えない小さい音でばっかり吹く感じでしたけど、これで、コンクールは大丈夫なんですか? それに、コンクール前で一時間半ぐらいしか練習してないのは、不安です」

 他の部員が、蘇我の言葉にざわめいた。子安が軽く手を上げると、ゆっくりと話し始める。

「まず、最初の質問からお答えします。この音楽室にある皆さんが演奏している楽器で一番多いのはクラリネットですが、ヨーロッパの楽器で一番ピアニッシモが得意なのはそのクラリネットです」

 どこまでも穏やかに、子安は部員全員に語りかけた。

「そして、ピアニッシモのコントロールは長時間練習すればいいものではありませんし、吹奏楽に限らず演奏というものは、大きくて強い音を出せれば良い、というものでもないんです。フォルティシモだけが吹奏楽ではないのですよ」

 子安の言葉に、蘇我は「……分かりました」と大人しく座った。

 最後に、子安は合奏に参加した全員を見回しながら告げた。

「それでは皆さん、期末試験明けから少し間を置いてコンクールの本番ですが、コンクール直前には決して無理な練習をしないように。身体もメンタルも不必要にすり減らしてしまっては、良い演奏はできません。それだけは守って下さい」

 そう話す子安の言葉を最後に、期末試験前の練習は幕を下ろした。



 未乃梨が音楽室の合奏練習を終える少し前に、千鶴を含めたコンクールに出ない初心者の一年生は楽器を片付けて家路についていた。

 千鶴も、コントラバスを片付けると、昇降口で待っていた凛々子と一緒に校門へと向かう。

「そういえば、未乃梨さんたちってもうすぐコンクールよね。音楽室から聴こえる感じだと、すごく繊細だし、仕上がりは上々かしら」

 凛々子からすると、吹奏楽部の演奏は決して悪いものではなさそうだった。千鶴は、まだ合奏練習が続いている音楽室を振り返る。

「期末試験が終わって少ししたら、終業式前にコンクールの地区大会です。確か、セシリアホールっていう場所で。何か、外国の女の子の名前みたいな場所ですけど」

 千鶴の口から出たホールの名前に、凛々子は「まあ」と顔をほころばせた。

「セシリアホール、秋の私たちの発表会をやる場所よ。セシリア、っていうのはカトリックの音楽の守護聖人の名前ね」

「それじゃ、発表会の下見みたいな感じですね。私とかのコンクールに出ない一年生も裏方で一緒に行くんで」

「それじゃ、ホールの中もしっかり見てらっしゃいね。あと、他の学校がどんな風に演奏をしてるか、もちゃんと聴いておくのよ」

「しっかり、勉強してきます」

「よろしい。聖セシリアの加護があるといいわね。部活のみんなにも、私たちにも、ね」

 凛々子は梅雨の近づいた初夏の夕風に緩くウェーブの掛かった黒髪を遊ばせながら、千鶴の顔を見上げて微笑んだ。


(続く)




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