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♯151

昼休みに、音楽室でピアノを弾きながら千鶴と未乃梨にワルツを演奏するヒントを伝える凛々子。

その日の合奏でそれを試した未乃梨は、子安から興味を惹かれる問いかけを受けて……?

 凛々子(りりこ)はピアノの前に座ると、意外なことを告げた。

「実はその答え、未乃梨(みのり)さんはもう知ってるはずなの。例えばこの曲、あなたはどうやって吹いてたかしら?」

 未乃梨と千鶴(ちづる)にとって聴き覚えがある曲を、凛々子はピアノで弾き始めた。泉から湧いて流れるような三連符の旋律の動きに、未乃梨は弁当の箸を止めてはっとなって鍵盤の上の凛々子の手を見た。

 弁当をすっかり食べ終えていた千鶴が、凛々子がピアノで弾いた曲を何とか思い出していた。

「前にやった『主よ、人の望みの喜びよ』ですよね? これって三連符三つの三拍子だったように思いますけど……?」

「そういえばこの曲、千鶴の弦バスと智花(ともか)さんが弾いてる低音の四分音符に乗って弾いてて……あっ!?」

 未乃梨は、そこまで考えて何かに気付いた。

「『主よ、人の望みの喜びよ』も、一小節に三連符三つ分の九個の音で考えずに、四分音符ごとの三拍で大まかにとらえて吹いて綺麗に合ってたから……?」

「ワルツも同じように小節の頭とか、いーち、にーい、の二小節のひとかたまりで感じて弾けば揃うってこと……?」

 顔を見合わせる未乃梨と千鶴に、凛々子は満足そうに微笑む。

「二人とも、それで正解よ。そして、低音楽器の誰かが弾いている小節の一拍目の音が、そういう長いフレーズをとらえる取っ掛かりになるっていうことも覚えておくと良いわね」

「……それ、今日の合奏でやってみます。凛々子さん、ありがとうございました。千鶴、そろそろ戻るわよ」

「あ、うん」

 未乃梨は凛々子に一礼してやっと食べ終えた弁当の蓋を閉じると、千鶴の夏服のブラウスの袖を引いた。

 音楽室を足早に立ち去る二人の後ろ姿を見送りながら、凛々子は微かに口角を上げる。

(二人とも、何となくでも分かったことがあったようね。……これは、秋の発表会が楽しみかしら? 特に、千鶴さん)



 放課後の吹奏楽部の合奏練習で、顧問の子安(こやす) は指揮をしながら(おや?)と小さな変化の芽に気付いた。それは、「ドリー組曲」の「キティ・ワルツ」で、最初の主旋律がクラリネットからフルートに受け渡されたときだった。

 一番フルートの席に座る未乃梨の音が、滑るような軽やかな足取りでクラリネットから受け渡された旋律を紡いでいく。

 その未乃梨の音の運びは、フレーズの組み立てにまだ慣れずにやや覚束ないところはあるものの、小節の途中で細かく足踏みをするような不格好さは影を潜めていた。



 空き教室で千鶴の練習を見ていた凛々子は、音楽室から流れ聴こえてくる「キティ・ワルツ」に、ふと顔を上げた。ヴィヴァルディの「調和の霊感」第八番を通し終えて、ちょうど千鶴と凛々子は休憩を取っていたところだった。

「あら、このフルート……きっと未乃梨さんね」

「そうかもしれませんね。一番フルートを任された、って言ってましたし」

「このメロディの流れ方、結構理想的ね。チャイコフスキーの『ワルツ』も、こういう風に発表会で弾けるといいわよね。ところで」

 凛々子は、教室の床にコントラバスを寝かせて机に腰掛けている千鶴の側に近付いて、千鶴の顔を見上げた。

「千鶴さん、ワルツってどんな曲か知ってるかしら?」

「ダンスの曲、でしたっけ? それがどうかしたんですか?」

「そう。そのことなのだけれど」

 凛々子は、もう一度、今度はいたずら好きの子猫のような顔で、千鶴の顔を見上げてから、そっと千鶴の手を取った。



(ふむ。……小阪(こさか)さん、何かを掴んだ、といったところですか)

 子安は指揮を振りながら、自分の左手側のすぐ近くに座る未乃梨の挙動を見た。未乃梨の構えるフルートの足部管側の端が、二小節単位で揺れている。その、未乃梨の動きが少しずつ合奏全体に植物が根を張るように移っていって、子安の指揮が未乃梨を通して部員全員の合奏を繋げていく。

(これは、次のことを教えなければいけませんね)

 子安は「キティ・ワルツ」を最後まで通すと、「さて」と切り出した。

「今の皆さんの『キティ・ワルツ』ですが、作曲者のフォーレが生きていたら立ち止まって聴いて行ってくれそうな演奏でした。今度は、そのフォーレの知り合いのおうちの子供が喜びそうな演奏をやってみましょう」

 妙な子安の提案に、合奏に参加している面々は怪訝な顔をしたり、笑いそうになったりしたり、首を傾げたりしている。

「この曲、小さい子に喜んでもらうとしたら、皆さんはどう演奏するでしょうか?」

 子安の奇妙というよりは不思議な問いかけに、サックスの高森(たかもり)はメッシュの入ったボブの髪に手を当てて、ユーフォニアムの植村(うえむら)は膝の上に寝かせた楽器の上で腕を組んで考え込んだ。

 クラリネットやオーボエやファゴットといった音楽室での合奏の配置で真ん中に座を占める木管パートの部員たちは顔を見合わせて、トランペットやホルンやトロンボーン、打楽器といった指揮者から離れた席の部員たちは首を傾げてざわつき始めた。

 不意の子安からの問いかけに、未乃梨はフルートを手にしたまま考えを巡らせた。

(小さな子に喜んでもらうとしたら……? これ、考えてみたらちょっと面白そうなことかも?)


(続く)

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