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♯149

朝の音楽室に現れた凛々子が千鶴と合わせて弾くチャイコフスキーのセレナードの「ワルツ」。

二人のデュエットを少し苦々しく思いつつ、未乃梨はあることに気付いて……?

 朝の音楽室に現れた凛々子(りりこ)は、千鶴(ちづる)に楽譜を渡すと、未乃梨(みのり)高森(たかもり)にも「おはよう」と会釈した。

「朝の音楽室にいるかもと思って来てみたのだけれど、千鶴さんがいて良かったわ。それ、今度の発表会でやる、出演者全員の合奏の曲よ」

 凛々子から千鶴が受け取った楽譜の最初のページには、今まで受け取った楽譜のいくつかのように、見慣れないアルファベットのタイトルや作曲者の名前らしきものが書かれている。

「あ、ありがとうございます。……凛々子さん、これ、何て読むんですか? (ティー)(シー)(エイチ)(エー)……って、どこの国の言葉なんだろ?」

「チャイコフスキー、っていうロシアの作曲家よ。その曲は『セレナード』っていう曲の『ワルツ』ね」

「ワルツ、ってどんなのでしたっけ?」

「三拍子のダンスの曲よ。よくある曲種だけど、千鶴さんなら楽しんで弾けるんじゃないかしら」

 千鶴は、そのワルツの楽譜のページをぱらぱらとめくってみた。一見単純そうで、よく見ると随所に細かい動きを要求するその譜面に目が泳ぎそうになる。

「私、これ弾けるかなあ……」

「じゃ、やってみる? コントラバスを出してらっしゃいな」

「え?」

 固まる千鶴をよそに、凛々子は自分のワインレッドのケースを開けて、ヴァイオリンを取り出して調弦を確かめ始める。千鶴は、慌てて音楽室の倉庫に楽器を取りに入っていった。



 コントラバスを用意し終えた千鶴に、凛々子は「初見だし、最初の方だけ軽くやってみましょう」とまるで気負う様子もなく、ヴァイオリンを構えて音楽室の机を譜面台代わりに自分のパート譜を広げた。

「最初に言っておくわね。この曲、今は私の弓をよく見て弾くのよ」

 凛々子はそう言うと、吹奏楽部員が各々の個人練習をやるあまり静かではない音楽室の空気の中で、軽くブレスを取って「ワルツ」の第一ヴァイオリンのパートを弾きだした。千鶴も、たった今もらったばかりのコントラバスのパート譜を見ながら、凛々子についていった。

 楽譜の上では一見単純そうに見えた「ワルツ」は、初見の千鶴には厄介だった。単純な三拍子の頭打ちの伴奏に見えて、その三拍子がメロディの抑揚に合わせて進んだり遅れたりと伴奏に回るパートを翻弄するかのように揺らぐ。

 かと思うと、今度はその凛々子が弾くヴァイオリンの美しく揺らぐフレーズひとつ分の間、丸ごとコントラバスが休みになる箇所があった。それが一段落すると、今度はコントラバスが三拍子のピッツィカートの伴奏をヴァイオリンに付けていくという、一筋縄ではいかない構成が千鶴にも見えてきた。

 それでも、三拍子の頭打ちが多いコントラバスの楽譜に、千鶴は妙な手応えを感じつつあった。弓やピッツィカートでの発音がしっかり出来ていればいるほど、そしてテンポの揺らぎが正しく読めるほどに、凛々子の弾く旋律は美しく流れていく。

 なんとかついてきた千鶴に、凛々子は「最初はこんな感じかしらね」と頷く。

「この曲、ずっと同じテンポの三拍子で進む曲ではないの。一人で練習するときはそれこそメトロノームに合わせてやったほうがいいけど、それでちゃんと弾けるようになって、私と合わせる時になったらこんな風に互いを見合いながら弾けないといけないのね」

「合奏のときはずっと凛々子さんを見てなきゃいけない、ってことですか?」

「私の第一ヴァイオリンだけじゃなくて、第二ヴァイオリンも、ヴィオラやチェロも、よ。この曲、その場その場で主役になるパートが変わるから、それも注意してほしいわね」

「あ、はい。……ええっと……」

 千鶴は改めて「ワルツ」の楽譜を最初から最後まで見通した。

 四分の三拍子を符点二分音符で伸ばしたり、四分音符でリズムを付けたりする場所と、八分音符で何やら細かく動くただの伴奏とは思えない場所と、フレーズひとつ分ほどの間を休符が続く音を一切出さない場所が混ざり合って、明らかに一筋縄ではいかないのがコントラバスのパート譜を見るだけで伝わってくる。



 未乃梨は千鶴と凛々子がコントラバスとヴァイオリンでチャイコフスキーの「ワルツ」を試しに弾いている間、二人に背を向けて「ドリー組曲」のフルートパートをさらおうとした。

(凛々子さん、わざわざ朝の音楽室に来なくたって。どうせ放課後に千鶴の練習を見に来るんだし)

 内心でため息をつく未乃梨をよそに、千鶴と凛々子の二重奏が始まった。

 その、他にも部員がいてめいめいに個人練習をやっている中で聴こえる決して音量の大きくないコントラバスとヴァイオリンの二重奏に、未乃梨は背を向けたまま聴き入った。

 未乃梨は、二人の弾く音より、アクセルとブレーキを踏み変えて加速と減速を繰り返すような揺らぐテンポに、どこかで既視感があった。

(もしかして……このテンポの揺らし方って)

 フルートを置くと、未乃梨は「ドリー組曲」の「キティ・ワルツ」の楽譜を開く。

(これも「ワルツ」………今の凛々子さんのテンポの作り方、参考になるんじゃ?)


(続く)



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