表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
143/363

♯143

発表会に向けて、実践と凛々子からの説明で少しずつ基礎のおさらいをし直す千鶴。

一方で、未乃梨は合奏練習でとある見落としに気付いて……?

 あの本条(ほんじょう)のようにコントラバスを弾けるようになるかもしれない――そんな凛々子(りりこ)の言葉に、千鶴(ちづる)は気を引き締めた。

「本条先生も、オーケストラとかの演奏の仕事でそういう風に譜面を歌ったりするってことですか?」

「もっと沢山のことをやってるわ。楽譜を見ながらどんな和音の中で自分のパートがどういう働きをしてるか、まで分析したり、ね」

「ぶ、分析って? ええっ?」

 凛々子から出た、自分の想像の外の言葉に、千鶴は目眩すら感じそうになる。

「そういう高度なことを勉強するためにも、いま一度、楽譜を見て歌うことと楽器を弾くことはどこかで繋がってるって、改めて勉強してほしいわけ。こういう、楽器を弾く前に譜面を見ながらする準備のことをソルフェージュっていうの。覚えておいてね」

「……楽器を弾くのって、色々やることがあるんですね」

「というか、演奏っていう行動は、本質的に弦楽器も管打楽器も、ピアノや歌ですらも同じことをやってるのよ。それに」

 凛々子は千鶴の持っている、原曲の歌詞が振られた「オンブラ・マイ・フ」の譜面に目を落とした。

「せっかくソロをやる機会があって、しかもやる曲が本来は歌の曲なのだもの、ね」

「……もう一度歌ってみます」

「じゃ、最初から。(ウーノ)(ドゥーエ)(トーレ)

 凛々子は、何も持たない右手で指揮を振るように顔の前で三角形を描いて、ゆっくりとした三拍子を千鶴に示す。それを見ながら、千鶴は改めて「オンブラ・マイ・フ」を歌い始めた。



 音楽室の合奏は「スプリング・グリーン・マーチ」の中間部に差し掛かっていた。

 元気の良いマーチの主部から、穏やかに歌う中間部へと切り替わって、未乃梨(みのり)は自分のフルートソロに入る。

 そのソロで、未乃梨は先ほど感じたのと似た違和感を覚えた。

(あれ……?)

 未乃梨のフルートソロは、以前の合奏や連合演奏会の本番で吹いたときと同じかそれ以上に、伸びやかに歌えていた。その後ろに、極力音量を絞ったテューバやユーフォニアム、ヴィオラやチェロのように柔らかな音色を作ってきたサックスやクラリネットが入って、未乃梨のソロを支えている。

(連合演奏会の本番と同じくらい、もしかするとそれ以上、みんな綺麗に吹けてるのに、何かが足りない……もしかして)

 フルートを吹きながら、未乃梨は全神経を顧問の子安(こやす)が振る指揮棒を見る目と、周りで他の部員が吹いている音を聴く耳に集中させた。

 違和感の正体は先ほどとほとんど同じだった。小説の頭を吹いてテンポを示しているテューバやユーフォニアムは、ほぼ正確に子安の指揮棒通りに動けてはいたものの、それに付随して二拍目や四拍目といった弱拍に絡んで動くクラリネットやサックスはやはり僅かに遅れるか、ごく小さく間延びしてしまっている。

 その一方で、自分たちフルートパートがどうにも微かに早く飛び出たり、急いでしまってフレーズの締めを飛び出してしまったりしている。

(みんな、私も含めてテンポ感がちょっとずつおかしい……どうして?)

 奇妙に感じていたのはどうやら指揮を振っている子安も同じだったらしく、その手にしていた指揮棒が動きを止めた。

「すみません。皆さん、中間部からもう一度お願いします。その前に」

 子安は低音楽器のパートが集まる方に向き直った。

「テューバパートさんにちょっとだけ注文があります。中間部は穏やかに歌う場所ですが、テューバさんたちはアタック(音の吹き始め)を今より少しだけ固く吹いて、音符はやや短めにしてみて下さい。では、やってみましょう」

 合奏が再開して、未乃梨は自分のソロを吹き始めた。

 テューバパートの音が示す小節の頭が、目に見えてはっきりと浮かび上がり、他のパートがそれに続いて狂いもなく重なり合っていく。未乃梨のフルートのソロも例外ではなく、吹き方を変えたテューバに明確に示されたビートに導かれて、フレーズのずれが自然に整えられていく。

 未乃梨は、二年生の新木(あらき)が吹くテューバの音が何かに似ていることに気付いた。

(テューバであんなアタックの固くて短い音……あ!)

 子安の指示は、テューバパートにコントラバスのピッツィカートに寄せた発音を求めていた。指揮だけではカバーし切れないアンサンブルの乱れが、その指示で見事にまとまっていくのを聴きながら、未乃梨は背筋に冷たいものを感じていた。

(私、前にこの曲を吹いたときは、千鶴の弦バスの動きに頼り切りで吹いてた……! 今日の合奏はコンクールに出るメンバーだけで高校で楽器を始めた一年生は千鶴も含めて一人もいないのに)

 マーチの主部でも、未乃梨は連合演奏会の練習や本番では子安の指揮の他に千鶴のコントラバスの弓の動きを頼りに吹いていたことを思い出した。

(コンクールで演奏するのは今音楽室にいるこのメンバーだけなんだから、ここで周りが吹いている音を聴いて合わせられなきゃいけないのに……! まさか、子安先生もそれに気付いて……)

 未乃梨は、子安が自分に向かって暗に注意を促してくれたように思えて、ソロを終えると早速「テューバも聴く。いない弦バスに頼らない」と譜面に書き込んだ。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ