♯141
演奏会から帰った後での千鶴と未乃梨はそれぞれに思いを巡らせる。
それは、夏から後に楽しい予定が待っていそうな予感もして……。
星の宮ユースオーケストラの演奏会から帰宅して、夕飯と入浴のあとで千鶴は自室に引っ込むと、スマホにメッセージの着信があった事に気づいた。
「あ、凛々子さんからだ……画像付いてる?」
メッセージに添付された画像は、凛々子たちユースオーケストラの面々が何処かのレストランかどこかで演奏会の打ち上げをやっている様子だった。
――今日は聴きに来てくれてありがとう。発表会も宜しくね
画像には、飲み物のグラスを手に乾杯する凛々子や瑞香、智花に波多野といった面々が写っている。
もう一枚の、凛々子よりやや小柄な少女と、凛々子と同じぐらいの背丈のあどけない少年がジュースか何かのグラスを手にして凛々子と一緒に写った画像が添付された画像も送られてきていた。
――こちらのお二人は今日私の後ろで弾いてた秋の発表会のヴィヴァルディでソリストをやる子たちよ。夏休み明けが楽しみって言ってたわ
(この子たち、確か中学生って言ってたっけ。小さい頃からずっとヴァイオリン習ってるんだろうな。……私、ついていけるかどうか分からないけど、早く合わせてみたいな)
少しばかり千鶴は心配になりつつ、もう秋の発表会が少し楽しみになりつつある自分に驚いていた。
(色んな人と会えそうで、楽しみかも。波多野さんって人も出るんだっけ? 本条先生も、来てくれるのかな)
秋の発表会で、衣装を着けて演奏する自分が、千鶴には何とはなしに想像ができていた。
就寝の前に未乃梨はベッドに寝転びながら、スマホのまだ開いていなかったメッセージを見た。
メッセージは、演奏会の途中に織田から届いていたものだった。
――じゃ、また後で。江崎さんと楽しんできてね。こっちは部活でセッションやってます
織田からのメッセージには、恐らく昼間に学校のどこかで練習でもしていたのか、桃花高校のセーラージャケットの制服を着てギターを手にしている織田の姿の画像があった。その後ろには、誰かが座っているらしいドラムセットが見切れて写っている。
未乃梨は帰り道で撮った画像を添付して、メッセージを返す。
――演奏会、楽しかったです。今日の千鶴と私、こんな感じでした
織田からの返事は早かった。
――いい感じじゃない! 何か、デートみたいだったんだね。千鶴ちゃんもスカート似合ってるし、未乃梨ちゃんもワンピース超可愛いじゃん!
――デート、ってつもりでもなかったんですけどね。千鶴にも、今日のワンピ可愛いって言ってもらえました
――これは、夏に千鶴ちゃんをプールに誘わなきゃだね! テスト明けたら玲とか千鶴ちゃんも誘って行こうよ
(プール、かぁ……。高森先輩も誘うって言ってるし、大丈夫だよね)
未乃梨はやや考え込んでから、メッセージを打った。
――コンクールが終わったら、また相談させて下さい。千鶴が秋に発表会を控えてて、そっちの伴奏を私が引き受けてるので
――おっけー。また、連絡するね。じゃ、コンクールと発表会、頑張ってね。おやすみ
織田からのメッセージには、自分の部屋で練習でもしていたらしい、部屋着のパーカー姿でアンプにつないでいないギターを抱えた織田の自撮りが添付されていた。
(瑠衣さん、またライブとかあるのかな……私も、頑張らなきゃね)
未乃梨はスマホを置くと、ゆっくりと欠伸をしてからベッドに横になった。
織田は、アンプにつないでいないギターを弾く手を止めると、スマホの画像をしげしげと見た。
(へえ、千鶴ちゃんといい感じだったんだ。にしても、この袖の膨らんだ未乃梨ちゃんのワンピ、ガチで可愛いなあ)
そろそろ、音が出ないとはいえギターの練習がはばかられる時間だった。織田はギターをスタンドに立てかけると、「うーん」と声を漏らしながら伸びをした。
(秋の発表会、か。未乃梨ちゃん、伴奏がどうとか言ってたけど、あの子、ピアノでも弾いたりするのかな?)
メッセージのやり取りを見直しながら、織田は部屋のカレンダーに目をやった。
(プールに行くなら、序盤の七月のうちから八月の初めかな。お盆を過ぎたら学祭の練習とか入っちゃうし……玲にも連絡入れとくか)
夏休み以降のの予定が増えそうな予感がして、織田はふふんと笑う。
スマホの天気予報の表示は、週明けから暑くなりそうな予想を出している。織田は、本格的な夏がすぐそこまで迫っていることをひしひしと感じていた。
(未乃梨ちゃんのこと、応援させてもらいますか。……あの子、どんな水着を着てくるんだろうね)
週が明けた月曜日の放課後、未乃梨は音楽室で合奏練習の準備をしながら、コンクールに向けて気を引き締めた。フルートの音出しをしてみると、不思議に今まで以上にイメージが湧いてくる。
(……私が合奏で座る場所、オーケストラで凛々子さんが座ってた場所と似てるんだよね)
その、未乃梨の中に湧いてきたイメージの出どころは、未乃梨にははっきりと分かっていた。
(凛々子さんのヴァイオリンみたいに演奏してみたら、って考えるの、ありかもしれない。……私、負けないから)
未乃梨は、今日もどこかの空き教室で凛々子に教わりながらコントラバスを練習している千鶴を思うと、すうっと深呼吸をした。
(続く)




