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♯139

演奏会の後で楽屋の凛々子たちに会いに行く千鶴と未乃梨。

そして、千鶴は発表会へと、思いを新たにして……。

 未乃梨(みのり)に手を引かれて、千鶴(ちづる)はホールからロビーへと出た。

 ロビーから舞台下手側の舞台裏へと続く廊下は、星の宮ユースオーケストラの団員とその家族や友人や知人らしい姿が幾人ほど話したりしている姿が見えて、千鶴は少し気後れがした。

「こういう場所って、部外者は入っていいのかなぁ?」

「大丈夫でしょ。ピアノの発表会だって、楽屋には結構入れちゃうし」

「……そういえば未乃梨、ピアノとかフルート習ってたっけ」

 まるで当たり前のように楽屋の入り口が並ぶ廊下に足を進めると、未乃梨はおっかなびっくりな様子の千鶴の手を引っ張っていった。その二人を、知った声が呼び止める。

「あれ? 千鶴ちゃんに未乃梨ちゃんじゃない?」

 千鶴とか未乃梨を呼び止めたのは、「あさがお園」で一緒に演奏したチェロの智花(ともか)だった。

「智花さん、お疲れ様でした」

「三曲とも、凄かったです。千鶴と一緒に来ました」

「二人とも、聴きに来てくれてありがとうね。瑞香(みずか)凛々子(りりこ)、楽屋にいるよ」

 智花は、並んでいる楽屋で一番広い部屋に二人を連れていった。「弦楽器女性楽屋」と張り紙がされたドアを開けると、智花は部屋の中に呼びかけた。

「千鶴ちゃんと未乃梨ちゃん、来たよー」

「はーい。智花、今行くよー」

「ちょっと待ってね。まだヴァイオリンを仕舞えてないの」

 明るい声とややばたついた声の後で、演奏会の衣装の白いブラウスと黒のスカートのままの瑞香と凛々子が楽屋の戸口まで出てきた。瑞香の上気した顔色と、凛々子の微かに弾んだ息が、今日の演奏会が出演者にとっても大きな興奮を呼び起こすものだったことを示している。

「凛々子さん、今日はお疲れ様でした」

「千鶴さん、ありがとう。楽しんでいただけたかしら?」

「最後の『グレート』って曲、一番凄かったです。全パート大活躍、って感じで」

「私も弾き甲斐があったわ。大規模なシンフォニーは大変だけど、いつか千鶴さんにも弾いてほしいわね」

「じゃ、本条(ほんじょう)先生と波多野(はたの)っちに鍛えてもらわなきゃね。千鶴ちゃん、良いバス弾きになるぞー」

 まだ頬が薄紅く火照ったままの凛々子が、千鶴に微笑んで、横から智花が混ぜ返した。その千鶴に、未乃梨は横で苦笑いを浮かべかける。

(……もう。でも、私だって千鶴と――)

「未乃梨さん、お久しぶり」

「あ、瑞香さんも、お疲れ様でした」

 未乃梨の表情から苦さが消えた。瑞香は、凛々子や後から加わってきた智花とはしゃぐように話す千鶴に目をやると、未乃梨に微笑みかける。

「みんな、演奏が終わったあとでハイになっちゃってるね。そうそう、……千鶴さんと、上手くいってる?」

「そうだといいな、って思ってます。あんな風に、周りに私以外の女の子がいたら、まだ冷静ではいられないかもしれないけど」

 未乃梨は凛々子や智花と話す千鶴に目をやった。千鶴に、コントラバスの先頭で弾いていた女性と、凛々子や瑞香と同じかやや背の低い、三つ編みの髪の少女が話しかけている。

「……振り向いてもらえるように、頑張んなきゃね?」

「私、凛々子さんにも、他の女の子にも、負けませんから」

 未乃梨はそう言うと、瑞香に笑ってみせた。



「お、楽屋の前が賑やかだと思ったら。江崎(えざき)さん、今日は来てくれてありがとうね」

 凛々子や智花と話している千鶴に、本条が元気に話しかけてきた。後ろに三つ編みの髪の凛々子よりやや背の低い少女を連れていて、二人とも既に本番の白いブラウスと黒いロングスカートの衣装から私服に着替えている。

「あ、本条先生。お久しぶりです」

「かしこまっちゃって。意外と生真面目なのね?」

「バス弾きは世界中みんな仲間、ですもんね。本条先生?」

 頭を下げる千鶴の態度に、夏物のワンピースにカーディガンを羽織った本条が微笑むと、後ろの三つ編みの髪の少女が面白そうに進み出る。

 三つ編みの少女は千鶴に改めてお辞儀をした。

「今日はお運び頂いてありがとうございました。私、星の宮ユースオーケストラのコントラバスの波多野睦美(むつみ)です」

「まあ、本条先生にうちのバスの首席まで。千鶴さん、いよいよ注目されてるわね?」

「えええ!? 私、楽器始めたばっかりのど素人だし……」

 横から凛々子ににじり寄られて、千鶴は慌てたように手を振って打ち消した。そのまま後ずさりしかけた、並の男の子よりずっと背の高い千鶴の顔を、波多野が一歩踏み出して下から覗き込む。

「この前練習場で本条先生の楽器で第九弾いてましたよね? あんなことができる人、立派にコントラバス弾きですよ」

「あ……、その、すみません」

 ばつの悪そうにリボンで結った髪の根本を搔く千鶴に、波多野は「そうそう」と付け加えた。

「夏休み明けの星の宮ユースの発表会、確か江崎さんも出られるんですよね?」

「あ、そうです。ソロと、合奏でヴィヴァルディと」

「それなんですけど、弦の出演者全員で弦楽合奏を一曲やろうか、って話があるんですよねえ。江崎さんもどうですか?」

「おーそりゃいいねえ。一度の本番は百回のレッスンに勝るしね」

 波多野の申し出に、本条がうんうんと頷く。凛々子や智花や瑞香は興味深そうに、未乃梨は心配そうに千鶴を見た。

「え、ええっ!?」

 周りから一斉に種類の少しずつ違う注目を浴びて、千鶴は声が裏返りかけた。


(続く)


 

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