表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/363

♯127

そしてやってきた凛々子の所属するユースオーケストラの本番の日。千鶴と一緒に聴きに行く未乃梨は、気もそぞろで……?

 その、凛々子(りりこ)が出演する星の宮ユースオーケストラの本番の六月の土曜日は、未乃梨(みのり)は朝からどうしても落ち着いていられずにいた。

 着ていく服は何度も選んで、髪型と合わせるリボンも決めた。部屋から出てきて洗面所に入る未乃梨に、未乃梨の父は訝しげな顔をした。

「随分めかしこんで。未乃梨、今日家に迎えにくる友達っていうのは、まさか男の子じゃないだろうな?」

「そんな訳ないでしょ。中学の時からの同級生の女の子。お父さんも知ってる子よ」

「俺が知ってる子だって? 誰だい」

千鶴(ちづる)よ。お父さんが男の子と勘違いして大騒ぎした子ですけど?」

 髪をまとめて洗面所から出てきた未乃梨が、目尻を吊り上げた。「もう。静かになさいな」と未乃梨の母が二人をなだめる。

「未乃梨、お迎えに来てくれる千鶴ちゃんにお礼言うのよ。父さんも、ちゃんと挨拶してあげなさいね」

「あ、ああ」

 やや語気を強める母親に、未乃梨の父はすごすごと引き下がった。



 約束の時間より十分ほど早く、未乃梨を迎えに玄関に現れた千鶴を見て、未乃梨の父は「おお」と目を丸くして、母は「まあ。わざわざお迎えありがとうね」と顔をほころばせた。

 未乃梨の父は自分より明らかに背が高い、娘の同級生を頭のてっぺんから足元まで見た。高校生の女子としては破格の長身の千鶴という少女には、確かに見覚えがある。ただ、中学生の頃の未乃梨を送り届けた時とは何もかも印象が違った。

 やや高めのショートテイルを結えるほど伸びた髪に赤紫色のリボンを結んだヘアスタイルは、男の子と見間違えるには無理がありそうだ。

 襟元のボタンをひとつ開けた白いシャツの上にに風通しの良さそうな暖色のカーディガンを羽織って、フォーマルでも使えそうな黒のフレアスカートを穿いて足元にかかとのないストラップシューズを合わせた出で立ちも、年頃の割には随分と大人びているように見えるが、瞳に丸みを感じる目元や起伏のやや乏しい体つきには幼さも残っているようで、未乃梨の父は内心でたじろいだ。

「ああ、いらっしゃい。以前は騒ぎたてて済まなかったね」

「ちょっとお父さん、よそのお嬢さんをじろじろ見ないの。千鶴ちゃん、今日は娘をお願いしますね」

 未乃梨の母は階段の上の階に「未乃梨、千鶴ちゃんがお迎えに着たわよ」と明るい声で呼びかけた。ほどなく、ぱたぱたと足音が聞こえて、「はーい」と返事があった。



 駅に向かう途中、未乃梨は心配そうに千鶴の顔を見上げた。

「ねえ、お父さんに変なこと言われなかった?」

「ちょっと驚かれてたっぽいかな。ほら私、未乃梨のお父さんより身長あるし、前に未乃梨を送ったときより背が伸びちゃってるし」

 困ったように笑ってみせる千鶴は、クラシックの演奏会をこれから聴きに行くのに合わせた、いつもより大人びた装いだ。ロングの黒いフレアスカートは長身の千鶴によく似合っていて、未乃梨は今日選んだ服が子供っぽくないか気になってきていた。

「……私も、今日の千鶴みたいなロングスカートにすればよかったかな」

「今日の未乃梨のワンピも可愛いよ。すっごく似合ってる」

「あ、ありがと」

 未乃梨は、自分の着てきたワンピースを見下ろすようにうつむいて顔を赤らめた。

 膝が出る丈の裾から胸元まではくすんだピンクの生地で、首周りやパフスリーブになった短めの袖は白い薄手の生地に切り替わっているそのワンピースは、少しばかり張り切り過ぎたように今更思えてきてしまう。

(やっぱり、着ていく服とか瑠衣(るい)さんにメッセで相談すればよかったかな)

 控えめに千鶴の左手を握りながら、未乃梨は昨晩の織田(おりた)とのやり取りを思い出した。


 ――明日はとにかく気張らないで、千鶴ちゃんがまた未乃梨ちゃんと一緒にどこかに出かけたいって思ってくれればいいと思うよ。普段通りにしてれば大丈夫じゃないかな


 些細なことを気にし過ぎそうになる未乃梨には、織田のアドバイスは貴重だった。実際に、千鶴は未乃梨が今日着てきたワンピースを可愛いと褒めてくれているし、いつものようにつないだ手を拒絶する素振りもない。

(いつもの、千鶴だよね。髪型もすっかり女の子らしくなったし、スカート穿いてきてねってお願いしたら、すっごい大人っぽい格好で来たけど)

 高校に上がってから、千鶴は少しずつ変わっている。中学時代は少年めいた風貌の千鶴が、このところ随分女の子らしくなっているのが未乃梨には嬉しくもあり、微かに寂しくもあった。

(千鶴が綺麗になっていくのは嬉しいけど、それがもし私以外誰かのためだったら……)

 未乃梨は、考えても仕方のないことを、駅で電車に乗るまで引きずっていた。



 星の宮ユースオーケストラの演奏会まで、まだ時間があった。未乃梨は千鶴を誘って、会場のディアナホールに近い大きな楽器店に誘った。広い店内にはグランドピアノを並べたフロアや、ショーケースに収まった管楽器やギターが並ぶスペースが一階で、二階には小物類や書籍が並んでいる。

 千鶴は店内を珍しそうに見回した。

「私、楽器屋さんって来るの初めてだよ。色んなのが置いてあるんだね」

「ここ、私の吹いてるフルートを注文したお店なの。県内で吹部に入ってる子は結構ここで買い物してるかな」

「そうなんだ。コントラバスもここで買えたりするのかな」

 未乃梨は少し考え込んだ。

「弦バスは、ちょっと分からないなあ。……凛々子さんとかに聞いたほうが早い、かも」

 自分で出したその名前に、未乃梨は少し苦いものを感じた。

(……もう。私、どうして他の女の子の名前を千鶴の前で出してるのよ)


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ