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♯113

メッセージに添付された発表会の衣装を着た千鶴の画像に戸惑いつつ、千鶴から早い時間の朝練に誘われて了承する未乃梨。

朝の音楽室では、意外な展開が待っていて?

 翌朝、未乃梨(みのり)は枕元で何かが震える音で目を覚ました。

 未乃梨がベッドから半身を起こすと、それはメッセージを受信した自分のスマホのバイブレーションで、送信してきたのは千鶴(ちづる)だった。


 ――未乃梨、おはよ。今日は私も早めに朝練行くよ。ちょっと相談したいことがあるから、また音楽室でね


(千鶴、コンクールメンバーじゃないのに……あ、もしかして、発表会?)

 未乃梨は早めに起こされたにもかかわらず、さして不機嫌にもならなかった。むしろ、メッセージの文面を見て未乃梨の心が和らぐ。

 未乃梨はすぐに返事をした。


 ――じゃ、おなじ電車で行かない?

 ――わかった。駅で待ってる


 このところ、中学時代から少しずつ変化していく千鶴に少なからず不安を覚えている未乃梨ではあったが、それでも千鶴とのメッセージのやり取りは嬉しいのだ。

(……可能性、あるって信じていいかな)

 未乃梨は寝間着から制服に着替えると、指定のスクールバッグとフルートのケースを手に、やや軽くなった気持ちで自室を出た。



 駅の改札前では千鶴がもう待っていた。

「千鶴、早かったね」

「そうでもないよ。今来たとこ」

 未乃梨は自分より顔ひとつ分は背が高い千鶴を見上げた。伸びてきた髪は今日は目新しい青い細めのリボンで高めに結ってあり、そろそろ暑くなってきた時節には快適そうだった。

「私も、千鶴みたいに髪を上げようかな。ハーフアップじゃそろそろ暑いし」

「いいんじゃない? 未乃梨、ポニテも似合いそうだもの」

「じゃ、今度やってきてあげよっか?」

「あはは。期待してる」

 そう笑う千鶴には屈託がない。それだけに、屋上での返事を保留されていることを思い出すと、未乃梨は少し寂しいのだった。

 気を取り直して、未乃梨は千鶴に尋ねた。

「で、相談って?」

「うん。発表会のソロの曲、いつから未乃梨に見てもらおうかな、って。今はコンクールで忙しいでしょう?」

 千鶴に問われて、未乃梨は「うーん」と電車の窓の外を見ながら少し考え込んだ。

「短い曲だし、夏休みの後半には見て上げられるかな」

「ありがとう、それまでしっかり練習しとくよ。発表会は他にヴィヴァルディもあるしね」

「ヴィヴァルディ? ……それって、もしかして」

 未乃梨は言葉を詰まらせた。凛々子(りりこ)は以前、発表会に千鶴を弦の合奏で誘っていると言っていた。

「うん、凛々子さんと」

「……へえ。聴いてみたいな」

 未乃梨はつとめて平静を装った。千鶴に一度告白をしたとはいえ、返事はまだで、しかもその千鶴の周りには凛々子がいることが多い。同性の千鶴に告白をした未乃梨にとって、千鶴と同じ女の子でコントラバスと共通点が多いヴァイオリンを弾いている凛々子が何かと側にいるのは、やはり気が気ではないのだった。

「……凛々子さんにしっかり教わって、上手くなってね? 来年のコンクール、楽しみにしてるんだから」

 未乃梨は今度は笑顔で千鶴の顔を見上げた。今の未乃梨には、それが精いっぱいなのかもしれないと、未乃梨自身もどこかで感じていた。



 音楽室には先客がいた。ピアノの前に植村(うえむら)が座って、「ドリー組曲」をピアノで弾いている。今日はいつも吹いているユーフォニアムを出しておらず、朝の練習はピアノでの「ドリー組曲」の読み込みに専念したいようだった。

 植村は音楽室に入ってくる千鶴と未乃梨に気付くと、ピアノに弾く手を止めて顔を上げた。前下がりボブの髪の伸ばしたサイドが軽やかに揺れる。

「お二人さん、おはよう。江崎(えざき)さん、コンクールメンバーでもないのに早いね?」

「九月の発表会の曲、練習しとこうかなって思いまして。未乃梨とも相談したかったので」

 ふんふんと頷くと、植村は千鶴に尋ねた。

「そういや、その発表会の曲、これから譜読み?」

「はい。ソロで弾く『オンブラ・マイ・フ』がまだです」

「その曲か。江崎さん、その曲、今から練習付き合おうか?」

 意外な申し出に、千鶴は未乃梨と顔を見合わせた。

「植村先輩、伴奏は私ですけど……」

 当惑する未乃梨をよそに、植村は千鶴を見据えた。

「その、小阪(こさか)さんの伴奏と合わせる前にやることが沢山あるんだよ。江崎さん、ピアノ伴奏のソロは初めてだよね?」

「あ、はい」

「じゃ、早速やってみようか。あ、弦バスはまだ出さないで」

 今度は、千鶴が面食らう番だった。

「楽器を出さないでって……どうしてですか?」

「今度やる曲、確か『オンブラ・マイ・フ』だよね?」

「そう、ですけど――」

「その曲、オペラの曲じゃない? つまり」

「……もしかして、歌ってみろ、ってことですか?」

「そういうこと。お姉さんが伴奏してあげるから、一緒に歌ってみようか。オペラの曲なら、まずは歌ってみなくちゃね?」

「ええええ?」

 千鶴は、助けを求めるように、未乃梨を見た。未乃梨も当惑したまま、千鶴を見返すことしか、できなかった。


(続く)

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