♯112
発表会の衣装を着てみた千鶴の画像の感想を送る未乃梨と凛々子。
そして、未乃梨はコンクールに、凛々子はオーケストラとレッスンに、千鶴は発表会にとそれぞれに忙しくなりそうで……。
ヴァイオリンのレッスンの帰りに、凛々子は電車の中で改めて白いフレンチスリーブのブラウスに黒のマキシ丈のフレアスカートの衣装を着けた千鶴を見た。
おそらくは買ったばかりで着慣れてもおらず、髪も伸びたボブを後ろで簡単にショートテイルでまとめただけで学校で見かける時の千鶴と何ら変わるところはない。足元に至っては、家で撮っていることもあってかスカートの裾からくるぶしから先の足が顔をのぞかせていて、その辺りに千鶴のやんちゃさが垣間見えている。
(まだまだ荒削りでも、こういう着こなし、なかなか悪くないわね。ブラウスも可愛いし、スカートの膨らみ方もちょっとしたドレスみたいだし。……あ、そうだわ)
凛々子は画像の千鶴を見直して、ふと何かを思いつくと、スマホのメッセージアプリを立ち上げた。
学校の音楽室で自分のスマホの画像を見て騒ぎ出した他の部員たちの輪を、未乃梨は何とか抜け出した。
(もう、みんな騒ぎ過ぎだってば)
音楽室の後片付けを終わらせて、中学時代よりは早い時間に家に帰れる電車に乗ると、未乃梨は改めて発表会の衣装を着けた千鶴の画像を見た。
白いフレンチスリーブのブラウスも、黒いマキシ丈のフレアスカートも、中学時代の運動部の助っ人に明け暮れていた千鶴を見ていた未乃梨からは想像しがたい姿だった。紫ヶ丘高校の受験を決めるまでは短かった千鶴のボブの髪も、今ではリボンで結うのが当たり前になっているほど伸びていて、少年めいた中学時代の面影は女性らしくなっていく容貌に取って代わられつつあった。
(千鶴が大人っぽく綺麗になってくのは、嬉しいけど……この姿、発表会で色んな人に見せちゃうんだよね!?)
戸惑いを片付けられないまま、未乃梨はスマホの画面を凝視した。
江崎家の夕飯の食卓では、秋の千鶴の本番の話題で持ちきりだった。
「お前さんが音楽の発表会ねえ。去年の今頃はバレー部の助っ人をやっとったのになあ」
「良いんじゃないの? やっと女の子らしくなってくれて。千鶴、誘ってくれたその仙道さんって方に、きちんとお礼するのよ」
のんびりと構える両親に、千鶴は「はーい。分かってますよ」と返す。
「その、仙道さんっていうか凛々子さんの出るオーケストラの演奏会が六月にあるから、聴きに行ってくるね」
「あら、オーケストラに入ってるなんて素敵ね。あんたも入ったら?」
「ええっ? 母さん、あの何とかバスとかいう楽器はどうするんじゃ」
自分をそっちのけで話を進める母と父に、千鶴は困り顔で味噌汁を啜った。
「もう。私なんかが入れるオーケストラじゃないよ。プロの演奏家も手伝いに来るようなところで、みんな小さい頃から楽器を習ってる人ばっかりなんだからさ」
「あら、残念ね」
母はあっさり話をまとめると、湯呑みに急須からお茶を注いだ。
茶碗の中の米粒を片付けながら、千鶴はぼんやりと思いを巡らせた。
(凛々子さんとか瑞香さんに智花さんとか、あの本条っていうプロの先生とかと、私が一緒に演奏することってあるのかな。……もし、あるとしたら?)
風呂で汗を流して歯も磨いて来た千鶴を自室で出迎えたのは、二通のメッセージの返信だった。
先に返信があったのは、未乃梨からのようだった。
――画像見たよ。千鶴、発表会の衣装って誰と買いに行ったの?
短い文面は少し未乃梨らしくない気もしつつ、千鶴は返信をした。
――うちの母さんとだよ。こういうのは大人になったら必要になるから、って
未乃梨からの返信は早かった。
――そうなんだ。似合ってて、びっくりしちゃった。大人の女の人みたいで
――ありがと。当日、未乃梨のピアノ伴奏、よろしくお願いね
――うん。コンクールが落ち着いたら、ね。それじゃ、おやすみ!
――おやすみ。また学校で
取ってつけたようなエクスクラメーションマークで、未乃梨からのメッセージは終わった。そちらに返事をしてから、千鶴はもう一つの、未乃梨より少しあとに届いたらしい返信に目を通した。それは、凛々子からだった。
――千鶴さんの発表会の衣装、凄く似合ってるわよ。演奏するのに腕も動かしやすそうだし、良いチョイスよ。あと、発表会の会場だけど、九月でも冷房がけっこう強めの建物だから、舞台袖に出るまではカーディガンか何か羽織るものを用意したほうがいいかもね
凛々子からのメッセージは結構長かった。メッセージの内容は役に立ちそうなことが含まれていて、凛々子も発表会を楽しみにしていそうなことが何とはなしに伝わってきた。
――ありがとうございます。凛々子さんも、六月のオーケストラの演奏会とかで忙しいと思いますが、練習の方もまたよろしくお願いします
――私の方でもサポートはできる限りさせてもらうわ。とりあえずはソロの曲とヴィヴァルディ、しっかりさらいましょうね。では、おやすみなさい
――おやすみなさい。また明日
凛々子とのやり取りは、長めの字数のメッセージにもかかわらず、早く終わった。
(明日、ちょっと早めに学校に行こう。未乃梨ともソロの曲の相談、しなきゃだし)
ベッドに入るのはやや早い時間だったが、千鶴はもう眠ることにした。
(朝の未乃梨と放課後の凛々子さん……二人とも忙しいし、相談することは早めに済まさなきゃ、ね)
千鶴は部屋の灯りを消すと、ベッドに出したばかりの夏物の上掛けに潜り込んだ。
(続く)




