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♯105

千鶴のことを思って沈んだ気持ちになる未乃梨を、何とはなしに気遣う織田。

一方で、凛々子と一緒にオーケストラの練習の見学から帰る千鶴は。

未乃梨(みのり)ちゃん? おーい」

 織田(おりた)の声に、未乃梨ははっとして顔を上げた。

「あ、すみません。ちょっと考えごとしちゃってて」

「考えごと? 何か悩みでもあるの?」

 不思議そうに尋ねる高森(たかもり)に、未乃梨は慌てて話題を変えた。

「そ、それにしても、この瑠衣(るい)さんが今度一緒にライブやる人たちって、どういうグループなんですか?」

 織田は「うーんとね」と思い出す素振りをすると、スマホのブラウザを立ち上げて、そのグループのものらしいSNSのアカウントを見せた。そのトップに表示されている「Naughty−Rabbits」というのが、そのグループの名前らしい。

「これ。インディーズでやってるアイドルで、あたし等と同じ高校生のグループ」

 未乃梨は動画サイトのリンクやライブの予定が貼られているそのサイトに目をやった。どうやら五人組のグループらしく、先程織田に見せてもらった一番背の高い眼鏡で短めの髪の少女の、ライブ中の姿らしい画像も切り抜かれてサイトのトップページに貼られていた。

 高森がチャイのカップを口に運びながら織田に尋ねた。

「さっきの眼鏡の子、人気なの?」

「まあね。女子人気はもともとあったっぽいけど、うちのピアノと付き合ってるの公表して余計に女子のファンだらけになった感じ? 千鶴(ちづる)ちゃんみたいな感じかな」

「え? ……う、こほ」

 急に千鶴の名前を出されて、アイスティーを飲んでいた未乃梨は噎せそうになる。

「未乃梨ちゃん、大丈夫?」

「……小阪(こさか)さん、もしかして江崎(えざき)さんと何かあったの?」

 未乃梨は息を何とか整えると、二人に向かって真っ赤になって顔を横に勢いよく振った。

「べ、別に何でもありませんから! ただ、千鶴ってコンクールメンバーじゃないし、今日は顔を見てないからどうしてるかな、ってちょっと考えちゃっただけで」

「確かクラスおんなじでしょ? 月曜になったら会えるし、そんなに気がかりならメッセージでも電話でもすりゃいいじゃん」

 呆れ気味の高森を、織田は「まあまあ」となだめた。

「未乃梨ちゃんも色々あるんだって。追及しなさんな」

「全く。これで来年、江崎さんがコンクールメンバー入りしたらどうなるやら」

 腕組みをして渋い顔をしてみせる高森を前に、未乃梨はアイスティーのグラスを手にしたまま縮こまった。



 千鶴と凛々子が乗った電車は、紫ヶ丘(ゆかりがおか)高校の最寄り駅に差し掛かろうとしていた。車内の液晶パネルが停車駅を告げる。凛々子はそれを見ると席を立った。

「それじゃ千鶴さん、また月曜日に」

「……あ、はい」

 千鶴は少し紅潮した顔を上げた。その顔を見て凛々子が微笑む。

「ヴィヴァルディ、しっかり練習しましょうね。本条(ほんじょう)先生にも見てもらえるんだし」

「……はい」

 本条の気さくで親しみやすい表情を思い出して、千鶴は背筋をしゃんと伸ばした。本条の明るい声や優しげで頼もしさも感じる振る舞いは、少し前に凛々子から告げられたことをとりあえずは気にせずにいさせてくれそうだった。

 電車を降りていく凛々子のワインレッドのヴァイオリンケースを担いだ後ろ姿を見送りながら、千鶴はリボンで結った髪に手をやった。

(……本条先生も、『第九』を褒めてくれたんだし、とりあえず、月曜日から頑張ろう。ヴィヴァルディも、ソロの曲も)

 電車の窓の外のまだ赤く染まりきらない陽射しが、千鶴の背中を照らす。

(……秋の発表会が終わるぐらいの頃に、どうするか、決心つくかな)

 千鶴の胸の奥で、未乃梨と凛々子の顔がまだ明滅している。二人の言葉も、千鶴の頭の中でこだましていた。


 ――私、千鶴のカノジョになりたい

 ――私は、仙道(せんどう)凛々子個人として、あなたとこれからも一緒にいたいの


 二人の言葉は千鶴の中で居場所を決めかねている。千鶴は目を閉じると顔を小さく横に振った。

(……やっぱり、まだ答えは出そうにないみたい。未乃梨、凛々子さん、ごめん。もう少しだけ、待ってて)

 電車のアナウンスが、千鶴の家の最寄り駅を告げる。千鶴は目を開けて席を立つと、レイヤードスカートの裾を揺らして足早に電車を降りていった。



 未乃梨が高森や織田とカフェを出る頃には、やっと西の空に微かに赤みが差す時刻になっていた。

 反対方向の電車に乗る高森や織田を見送ると、未乃梨は駅の前で佇んだまま溜め息を漏らす。

(千鶴、もう帰ったかな)

 未乃梨はスマホで千鶴にメッセージを打った。


 ――千鶴、オーケストラの見学、どうだった? また、月曜日にでも聞かせてね


 送信ボタンを押すと、未乃梨は駅へと足を向けた。

(千鶴のこと、諦めないんだから)

 改札を通って、ホームへ続く階段を上がっていく途中に、ふと未乃梨の視界の端を緩くウェーブのかかった長い黒髪が横切った気がした。その人影は、ワインレッドの長方形の何かを担いでいたような気がする。

(今の……まさかね)

 未乃梨は少し早足になってホームへと上がった。中学時代よりは、家に帰り着く時間はまだ三十分あまり早そうだ。

(コンクールの後は、千鶴の発表会の伴奏を頑張って……その後は)

 未乃梨は足を早めた。返事のまだない千鶴への思いを抱えたまま、未乃梨は電車に駆け込んでいった。


(続く)

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