ヴェルヌス帝国直轄領 工業都市エブルムンド ゲール工廠
工業都市エブルムンド。
ヴェルヌス帝国南東部にある帝国第2の都市で、帝国領内で最大の工業生産地。
この都市の工業は、二つの2大企業グループとその関連企業で成り立っている。
一つは、エルムス工業会社。生活機械や車両を主産業としており、商品が市井に広く認知されている企業になる。
もう一つがゲーリンゲン工廠。通称はゲール工廠で、軍事物資全般、レーションからAGまでを広く生産しており、軍需物資の大半を占めている。さらに工学系研究機関も備わっており、帝国の最先端工学と、生産に関わる産業により、発展した都市を形成している。
「この街に来るのも半年ぶりが」
「ですね、前回の機体メンテ以来ですから。しかし、今回は早めに壊したから御大から何を言われることやら、、、会う前から気が重いですよ」
「んー、今回はあのジィさんのヘマかもしれないんだし、強気で当たれば良いだろう、ハボックが。」
「嫌ですよ、若が言ってくださいよ。」
「俺も嫌だよ。ジィさん留守で若旦那が出てきてくれたら良いんだが」
そんな雑談めいた押し付け合いをしながら、ゲール工廠のAG工場のある方へとキャリアを進めていく。
普段、頻繁にキャリアが出入りしているのだが、入り口に進むまで他のキャリアとすれ違わなかったのが、気になっていた。
敷地内に乗り入れると、中には多くのキャリアが止まっていて、工場も止まっている訳ではなさそうだ。
「新しい客が居ないのか?珍しいな」
「そうですねぇ、世はいつも通り乱れているというのに」
新しくキャリアが入ってきたのが見えたのか、工場の中から人が出てきた。
「君ら、今どんな状況か知らないのか!!ってバスク君?今回はまた早いじゃないか」
出てきたのは、工廠の長ではなく、その息子のテオだった。息子と言っても、ハボックよりも一回り以上も年上であるが、親に似ず、誰に対しても腰が低いのに腕は確か、という、人徳者であった。
(ジィさんじゃなくてラッキー!)
「これは若旦那、ちょっとまた見てもらいたくてね」
キャリアから降りて近付いていくと、手招きされる。
「?」
「ちょっと、バスク君。いまこの街の状況知らないの?大変なんだけど」
「確かに、来る時に誰ともすれ違わなかったけど、ジィさん腰でも壊したの?それでも仕事は回るんじゃ?」
「オヤジはピンピンしてるよ!この前街の警備担当で来た騎士が、ちょっと理解出来ない人でね。うちにAGの修理に来た騎士を、のきなみ病院送りにしてるんだよ。どうもその騎士曰く、機体を壊す未熟な騎士は修理期間と同じだけ苦しめ!!って事らしい」
「はいぃぃぃ?!なにそれ?」
「しかも、その騎士の行為も、どうやら教導ってことで帝国的からもお咎め無しになってて」
「なにそれ、教導ってそういう事なの?違うだろう?!」
「その事が広まってから、うちに修理に持ってくる騎士も居なくなって、病院送りになった傭兵騎士達のキャリアが並んでるわけだよ。機体の修理は終わっても、騎士がまだ病院に居るのも多くてね。」
「え、と言う事は、俺達ももしや……」
と周りを見回したが、誰かから狙われているような気配はない。ただヤル気になっているイネス姉が居るだけだった。
「ええ。だから覚悟だけはしておいてください。」
「なんだぁ、つまりはそいつをぶっ飛ばせばいいだけだろう?こっちが未熟ってんなら、返り討ちにしても問題ないわけだ。」
若旦那は険しい顔をする。
「まぁ、不幸中の幸いというか、今仕事が詰まってないから作業はほぼ最短で進められるよ。で、今日はどうしたの?バスク君ぐらいの腕ならそうそう負けないでしょう?」
俺は、ハボック、イネス姉と顔を見合わせる。揃って、笑いが引き攣っていた。
「それがですね……、是非とも中を見てもらえれば、と」
まずは、プル・ガ・ルーンのキャリアへ案内する。
「こ、こいつは……、結構やったね。何を相手にしたのやら。左足やった後、右足だけでも刀振ったね?バランス崩した状態で無理してるから、腰から下半身丸々交換だねこれは。右腕は問題外。頭部も頭突きでもした?フレームからチェックだなこれ。無事なの中枢駆動系と操縦回りだけじゃない?」
とプル・ガ・ルーンを一瞥しただけで散々な評価をいただいた。
何故かイネス姉は、得意げだ。『この状態でよくやっただろう?』じゃないんだよ。
そして、ウル・ダ・ルーンのキャリアへ向かうと、こっちでも若旦那のあきれ顔が止まらなかった。
「あいたたた。こっちもエラい事になってますね。」
「はは、なんと申しましょうか……、恐れ入ります。」
ただただ、恐縮するしかない。
若旦那は機体を一通り見た所で、こちらでも評定が始まった。
「こっちの機体は、外装は綺麗にしてるみたいだけど、なんかバランス悪い?ジェネレータ調子悪いのかな?肩の駆動軸は変えて無いよね?妙な負荷がかかってるみたい。見ただけだとそれくらいしか解かんないけど、もう少ししっかり調べてみるわ」
と、ちょっと分かり難い故障が職人魂をくすぐったのか、若旦那がヤル気になってる。
「そのことで、お話がありまして」
もうこっちの話も聞いてないみたいだ。
「……ふぅん、ジェネレータからチェックして、って、ん?何かな?」
こっちの話す事に、だいぶ興味が無くなっている。
「あの、この2機は修理というより、お預けしてた機体部品、またこいつらに着けてくれませんかね。今回持ってきたのは、そっちの方が本題でして」
「ほ?いいの?!じゃあさ、じゃあさ、その間に、ジェネレータを直に見たいって言ってる研究者が居て、見せても良いかな?ホント見せるだけだから。パーツの構造も、うちの機体と構造自体が違ってて、預けてもらってる間も研究材料にさせてもらってたから。あれを組んで動かせる日がとうとう来たんだね!!」
若旦那のテンションがこの上なく上がりまくっているのを、この場ではイネス姉だけが不思議に思っている。
「?若旦那はなんでこんなになってるんだ?この機体、アタイ達からすれば親から引き継いだモンだから特別なんだけど、若旦那からすりゃ、普段見てるAGと変わらんのじゃないのかい?」
「お嬢、何度も説明さえてもらいましたよね?この機体のジェネレータは特別製で、他の機体に使われているのは4種触媒金属と大気との反応を動力に変換してるのを、ウル・ダ・ルーンとプル・ガ・ルーンのジェネレータは、8種類の触媒金属を使って規格以上の出力が出せるんですよ。そのせいで、ゲロル・ハザンやガムス・ルサからの流用部品だと、どうしても無理が出るんですよ。それに今の所量産出来てないジェネレータ技術なんですよ。それは、なんといってもあの天才メイビルが直接制作したと言われている試作機体のうちの2機なんですから。それほどに貴重で……」
記憶しないイネス姉に対するハボックの熱弁が止まらないので、放っておくとする。
「と言う事で若旦那。俺達、実はこの機体の修理が終わったら、ザドアの戦線に戻る約束をしちまってて。整備には時間をかけてもらった方が都合が良かったんだけど、その変な騎士が問題なのかなぁ。まぁ、イネス姉の言うようにその騎士ぶっ飛ばせれば問題ないんだけど」
「多分、無理だと思いますよ。」
若旦那にサクッと断言されてしまった。
「いやいや、若旦那。直接腕前見せた事ないだろうけど、俺達そこそこ強いのよ。この様も、銘持ちとやり合ったからだよ。イネス姉は負けたけど、俺は勝ったからね」
「アタイは負けてねぇ!!」
「なに余所見してるんですか!!!」
ハボックの熱弁がもはや説教になっていようとも、イネス姉がよほど悔しいのか訂正して来る。
俺の基準だと、自分の機体が動けなくて相手が動けてたから負けなんだけどなぁ。
「君達の腕でこの機体がこれだけ損壊するのは、相手がそれなりだったのは解る。だけど、別格なんですよ。なんといっても、この帝国の筆頭3騎士の一人なんだから。」
「筆頭3騎士!!そいつは、強さだけなら剣聖にも匹敵するっていう、あの、か!?」
「そう、あの、です。」
筆頭騎士。それは、所属する組織を代表する騎士で、組織によっては強さだけでなく人格も求められるケースもあるが、こと帝国においては、強さのみが指標となっている事は周知の事実としてある。それは、過去の筆頭騎士に大量虐殺犯が登用された事もあったからだ。
そして現在の筆頭騎士には、三者三様で人格が破綻していると聞く。
しかし、強さに関しては疑問を挟む余地はない、とも。
「なんで筆頭騎士がこんな中立地帯に居るんだよ?普段は帝都に居るんじゃないのか?」
「噂じゃ、帝都の役人どもが厄介払いをしたいが為に、このエブルムンドの駐在官を押し付けたそうです。おかげで、配下の騎士団が好き勝手するし、騎士本人もうちの工廠への嫌がらせなのかこんなことし出すしで、もう無茶苦茶になってます。まぁ、被害は居座られる飲み屋やら、工廠なんですがね。」
若旦那のため息が重い。変なのに目を付けられたのは残念だとは思うが、その目が俺達に向く可能性があると思うと、気が気じゃない。
「と、世間話はこの辺で。若旦那、頼みたい方向性はこれで伝わったと思って良いか?俺達とすれば、見つからない内に退散たい。騎士の俺達さえ居なかったら絡まれる理由もないだろうからね。後はハボックに任せて良いかな。俺とイネス姉は、はずれの安宿でしばらく身を潜めておくとするよ。」
名前が聞こえて、ハボックはイネス姉への説教を中断してこっちの会話に混ざってきてくれた。
「はいはい、若。他の者はどうします?」
「そうだな。折角の機会だし、希望する者がいたら若旦那の所で見学させて貰えるかな?他は揉め事さえ避けてくれたらいいよ。しばらくはゆっくりしよう。前の客からは悪くない額を貰ったからね。」
こう言うと、さっきまで絞られていた一名、イネス姉を除いて歓喜の声が上がる。
「しばらく退屈だな~、ヤだな~。じゃぁさ、その間に坊をボコって……稽古付けてやるよ!!最近は生身の稽古足りてないだろう?」
「ボコるって言っちゃってるよもぅ。時々調整に立ち会いたいから、お手柔らかに頼むよっと?」
言い終わる前に、外から複数のキャリアの走行音が近づいてくる。
「こりゃぁ、まずい事になったかな?」
キャリアが出口を塞ぐように止まり、続々とガラの悪そうなのが降りてきて、俺達の周りを囲んでいく。
「よぉ、テオ!!久しぶりに客が来てるじゃねぇか!俺にも声掛けてくれよオイ。」
道を塞ぐキャリアから顔を出したのは、黒いネコ科動物を思わせるような、しなやかで獰猛な雰囲気を醸し出している、赤い軍服と赤い瞳が印象的な女騎士のようだった。
「今回の客は何人だよ?!!独り占めしないで、俺にも相手させろよな~」
その言葉が出てきた口には、獲物を肉食獣のような笑みが零れていた。
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