ザドア王国 ランドック 食卓の乱入者
「おい、あんた達が例の騎士か?」
それは、3人で賄いに舌鼓を打つテーブルの美味しい空気にはそぐわない、怒気と殺気がこもった声色だった。
「”例の”ってのは何の事かな?俺達はそんな殺気を向けられる覚えは無いんだがな」
俺の答えが気に入らなかったのか、鼻で笑うが顔が引きつっている。
「そうだな、急に押しかけたのは私の方か。私はキュベー攻略の右翼副長ベルタだ。なに、我々が討ち漏らした相手に止めを差してくれた騎士に礼がしたくてな」
(何言ってるんだこいつ?あのゴリラ女ピンピンしてたけど)
「へぇ、右翼は早々と壊滅してたみたいだけど?それに止めを刺し損ねたわりには、相手は5体満足で元気そうだったよ。それでも、君達の手柄を横取りしたかな?だったら申し訳ない」
相手の引き攣った顔がさらに激しく、奥歯をかみ砕くような音がした。
「我ら5人が相手にしたのだ!それに隊長程の騎士が敵に手傷も追わせずむざむざとやられるはずは無い!!お前たちは手傷を負った相手に止めをさしただけなんだよなぁ?そうなんだろう?!そうだと言えよ!!」
「はぁ?!お前報告聞いてないの?右翼の相手は銘持ちだったんだろう。だったら命ある事を誇れば良い。アタシらに突っかかるよりも、少しでも強い騎士になる方が死んだ者達も浮かばれるぞ?」
言われた俺よりイネス姉が先に切れてしまった。立ち上がり反論する姿がメイド服なのが締まらない。
「ふ、ふっハハハハハ。そんな恰好で何を言うか!!貴様のようなふざけた恰好の者が本当にあの双角騎士を相手にしたのか怪しいものだな!!それとも色仕掛けでもしたのか?!フッハッハ~~ッ!!」
「そうか、この国の騎士になるには相手を罵る事も学ぶのかな?済まないが私は学んだ事が無かったのでな。腕の立つ隊長とやらも、口は立ったんだろうな。それが戦場で役に立つなら是非とも習いたかったものだ。あぁ済まない。もう死んでるんだったな」
ブチ切れイネス姉の容赦ない返しに、さすがに俺も止めに入るが……。
「イネス姉、それはさすがに言い過ぎ……」
「貴様!!隊長を愚弄するか!!!」
止めに入るより先に相手は激昂して腰の剣に手をかけていた。
「ちょっと騎士様、店の中で暴れるのは止めとくれ!!」
女将は止めに声を掛けるが、恐怖が勝って剣を手に掛けた騎士の前には立てない。ただ、イネス姉は動じる様子も無くやる気満々の顔だ。だけど……
「じゃぁ、もう少し広い所に出ようか」
「あぁ?ガキが出しゃばってるんじゃないよ!!この女が隊長を侮辱したんだ!!」
「坊?」
「そもそもは、あの紅黄騎士とやらに君達がやられたんだろう?それを倒したのは俺だ。突っかかる相手は俺じゃないかな?」
「貴様か!!まぁいい、まずはガキ、お前からだ。その後でそこの女、お前だからな?助かったなんて思うなよ?」
「はぁ~、そうかい。そんな時がくればいいな」
店の前の道に出た所で、相手の女騎士ベルタが鞘から剣を抜く。周囲の通行人が足を止めて周りを囲んでいるが、誰も止めに入ることはない。こういったケンカで止めに入って巻き添えが怖いのだろう。それほどに騎士の力は他の人とは違うのだ。
「ほらガキ、さっさと剣を構えないか!」
そういわれても、剣なんか持ってきているわけもない。なので、テーブルから持ってきたフォークを手にした。
「そうだね。何かもってないと貴方の恰好が付かないだろうから、これで良い?」
剣を構えた女騎士対フォークを構えた男傭兵。周りからはどう見えてるのだろうか。
「ハッハッハ、いいぞ坊!!笑える~」
「フォークなんて、危ないよバスクお兄ちゃん」
「あんたら何言ってるんだい!!剣にフォークで相手しようなんて」
唯一まともな事を言ってくれているのは女将さんだけだった。
「こ、こ、このガキが!!どこまでも私をバカにして!!!」
と剣を袈裟斬りに振りかぶって踏み込んできた所を、タイミングを合わせて踏み込み、一気に距離を詰めて相手の左腕にフォークを突き刺す。
「な!!」
ベルタはフォークが刺された左腕を剣から手を離して飛び退く。
「そこで逃すほど甘くないよ、っと」
ベルタが後ろに飛び退くがそれに付いていき、剣を持つ右腕を掴み持ち上げる。
そしてバランスを崩した所に右拳を脇腹に叩き込んだ。
「ガ、ハッ!!」
肺から絞り出すように唸り声をあげると、ベルタは剣を落としてその場にひざまずいた。
「どうやら騎士様に残念なお知らせだ。君達が負けて隊長が死んだのは君達が弱いだけじゃない。自分自身の事を解ってない事が原因だ。君は今何をしたか解っているかい?騎士ともあろう者が、獲物を持たない相手に公衆の面前で斬りかかったんだ。しかも、散々侮辱にした相手に、目の前で剣を手放してひざまずいている。ここまでやったらさすがに解るよね?」
「……クッ、貴様らなんぞが!なんぞより!!隊長が死んでいいはずが……」
「まだわからないか。じゃぁ、仕方ないか」
俺は相手が落とした剣を拾うと、そのまま相手の右腕と左足首へ続けて剣を振るう。
「ガッ、グァ!!ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーー!!」
切られた部分は、傷口は深くまで及んでおり、物見遊山で見ていた兵達も、リアルな流血に息を呑んだ。
剣を払って着いた血を落とすと、そのまま剣を相手に向かって投げ捨てた。
「君の隊長は戦場で戦って死んだ、それには敬意を払おう。でも貴方が俺達にしたことは、隊長やらと一緒に死ねなかったただの八つ当たりだろう?それにこっちが付き合う理由はない」
「……た、頼む……、殺して……くれ……」
「嫌だね。死にたきゃ自分で首でも括れば?イネス姉、ルクレ、そろそろ戻ろう。女将さん、ゴメンね店の前で。多分もう来ることはないけど、料理美味しかったよ」
女将さんに声を掛けたが、理解が追い付かないのかキョロキョロしている。
見物人の中から何人か軍服を着た人が倒れているベルタへ駆け寄っていく。処置が早ければ手足は動かせるようになるかもしれないが、騎士の動きに耐えられるようになるかは運次第だろう。
人々のざわめきを背に俺達は歩きだす。
「バスク兄ちゃんやさしくないよ」
「坊は恰好つけすぎだよ」
身内からは散々な評価だった。
「まぁでも、これがこの国の、戦争で負けないように戦った傭兵の扱いなんだろうね?こりゃさっさとこの国から出るか」
「まぁしゃぁない」
「あぁ~ぁ、そうなっちゃうか~、あ!!」
「どうしたルクレ?」
着ているスカートを持ち上げる。
「うん、ちゃんと可愛いよ?」
「じゃなくって!このお洋服どうしよう?着たまま帰ってきちゃったよ~」
「俺はすごいドヤ顔決めたから、今から戻るのは無理。明日朝にでも返しに行こうか」
夕日に向かって3人で歩いていく。
全く、今日は何もかもうまくいかない日だった。
しかも、明日もうまくいかない事も確定する程のひどい一日だった。
そしてそんな日が、まだ終わっていないのが何よりも最悪だった。
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