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神滅のヘッズベル  作者: くろえ
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第2話 ログイン

しばらくは毎日12:00投稿予定です。

「相場だと二万ぐらいか……もうちょいふっかけられそうだが、今月厳しいから仕方ない」


 キーボードのエンターキーを弾き、ペットボトルに入れた水道水を飲み干し大きく息を吐いた。PCモニターの明かりだけが薄ぼんやりと照らす室内には当然のこと俺一人。部屋の照明をつけないのは単純に電気代がもったいないからだ。おかげで視力が最近落ちてきているような気がしないでもない。

 これで眼鏡が必要になった場合、結果的且つ将来的に無駄な出費となる可能性があるのが最近の悩みだな。だがこれも割りとどうでもいい。

 バイト終わりの疲れた体に鞭を打って、深夜に俺が何をやっているのかと聞かれれば、それはRMTだ。

 リアルマネートレード。オンラインゲームで手に入れたレアなアイテムやアカウントそのものを売買する行為。これが俺の時給八二〇円のコンビニバイト以外の収入源。

 最初に断っておくが俺のやっている外国産のゲームでは、利用規約にRMTの禁止は明記されてはいない。まぁ、だからといって他人に自慢できるようなことじゃないのは確かだ。

 ゲームを純粋に楽しめなくなったのはいつからだろうな。

 初めて触れたオンラインゲームはそりゃあ楽しかった。顔を見たことも声も聞いたことのない連中と、夜遅くまでチャットで世間話をして、たまにレベル上げに勤しんでみたり、イベントで盛り上がったりと楽しんでいたっけ。

 まだ少し肌寒い空気が網戸の外から流れ込み、俺は身を震わせた。その時、メール通知がPCモニターの右下に浮かび上がった。件名は無いが差し出し人は見なくてもわかる。

 本文には何かのウェブサイトのURLが張り付けられており、それ以外には何も書かれてない。


「いつも悪いね、ミモちゃん」


 差し出し人の名前はミモちゃん。多分、本名ではない。

 俺がここ数年付き合っているオンゲ仲間である。正直言えば、ミモちゃんについて知っていることは少ない。男か女かは分からないし、学生か社会人かも分からない。

 ただミモちゃんは何故か俺に情報をくれる。金を稼げる新しいオンゲを見つけてきては、こうしてメールに公式サイトのURLを張り送ってくれる。

 ゲーム内のチャットでもミモちゃんはあまり発言をしない。ただ黙ってそばに座っていることが多く、俺が狩りにいくかどうか尋ねるとエモーション機能やアクションのみで答える。

 ミモちゃんはほとんど自分のことを話さない。俗な言い回しをすれば、不思議ちゃんというカテゴリの人物だ。


「さて、今回は何のゲームなんですかね。ポチっとな」


 張られたURLにカーソルを合わせて俺はマウスをクリックをした。

 開かれた新たなウィンドウは、暗色を基調とした何やらおどろおどろしいトップ画面。そこに一筋のフラッシュエフェクトが走りタイトルが浮かんできた。


「神滅の……ヘッズベル・オンライン? ソーシャルゲームみたいなタイトルだな」


 そういえばCMやネットのバナー広告で、最近よく見るゲーム名だ。


「ゲームジャンルは……多人数対戦型チームバトルアクション。対人メインか……本当にこれ稼げるのか? いや、ミモちゃん情報の確度は高いからなぁ」


 これまでいくつものゲームを俺に提供してきたミモちゃんだが、稼ぐ手段については毎度、自分で探せとばかりに何の情報もくれない。

 稼ぐ手立ての見当がミモちゃんなりについているゲーム。このヘッズベルも多分そういうことなのだろう。そしてミモちゃんからメールが送られてきたということは、このヘッズベルというゲームを今すぐに始めろと暗に言っているのだ。

 時刻を見ると現在、深夜の二時過ぎ。


「ミモちゃんスパルタすぎる……」


 それでも仕方なくゲームのダウンロードを始め、インストールが完了する頃には三時になろうとしていた。


 俺は適当にチュートリアルを済ませ、ミモちゃんに挨拶だけして寝ようと思っていた。VRゲーム専用のHMDをかぶると、立体的なサイバー空間の中に様々なアイコンが表示されている。


「とりあえず、キャラメイクからだな」


 どうせ稼ぐためのアカウントでしかないので、俺は標準的な見た目のアバターを創りキャラネームを〈コガネ〉と入力した。

 俺は無難な感じにキャラメイクを終わらせ、薄暗い空間に浮かぶガイドランプに従って奥へと進んだ。


「おぉ、結構グラフィック頑張ってるな」


 闇を抜けた先には未来的な都市が広がっていた。

 俗に言うメガロポリスというやつだろうか。とてつもなく広大な未来都市のフィールドだ。

 視界の左上には〈オケアノス〉と表記されている。

 俺は早速、個人チャットのキャラネーム欄に〈ミモちゃん〉と書いて挨拶を送信した。ミモちゃんはどのゲームでも同じキャラネームを使うからだ。

 数秒後、顔文字の挨拶で返事がきた。


「やっぱりいたんだな」


 俺はいまログインし、オケアノスという街の転移ポータル付近にいることをチャットで伝える。そして、さらに待つこと三分ばかし。


 俺はお尻をつんつんと突かれ、背後を振り返るとそこには小柄な少女がいた。


「よぉ、ミモちゃんか?」


 ミモちゃんは無言でうんうんと頷いて答えた。

 女性……というよりも少女のアバターで現れたミモちゃんは、その場でくるくると回って見せた。どうやら俺にキャラメイクの塩梅を問うているらしい。そこそこ長い付き合いだということもあり、ジェスチャーだけでそれぐらいわかってしまう。


「いいんじゃないの? 俺の好みじゃないけど」


 頭をぼりぼりと掻き、愛想なく俺はそう答えた。


「……」


 すると、目の前にいるにも関わらず最小化していたチャット欄が点滅している。何かと確認してみれば、そこにはこう書かれていた。


『キャラ作り直してくるの』


「じょ、冗談だって! いいよいいよ! スゴい可愛い、世界一可愛いよミモちゃん!」


 実際、ミモちゃんのキャラメイクはあざといほどに可愛らしいものだった。

 綺麗に切り揃えられた銀髪に、華奢な体のラインを強調する薄い純白のラバースーツ。

 腰を覆う黒のミニスカートの折り目には、ダークブルーのラインエフェクトが身体を動かすたびに妖しく光っていた。

 そしてこの気怠い感じに脱力した表情である。何かこう明日のまたその向こう側を見つめているような、その遠い瞳は吸い込まれてしまいそうである。

 うーん、この幼女のような小柄な体躯から何故か滲み出る艶めかしさ……まさにドストライクといっても過言ではない。ドストライク過ぎて素直に可愛いと言うことを躊躇ったのは、何かの敗北感を味わったからだ。人それをツンデレという。


「こほん」


 俺がわざとらしく咳払いをして誤魔化すと、ミモちゃんが左の方を指差した。その先には緑色の転移ポータルがあり、電子版にはチュートリアルと英語で書かれていた。


「……いや、悪いけど今日はさすがに落ちるよ。明日も学校とバイトあるから」


 申し訳なさそうにそう言った俺に対し、ミモちゃんは無言で頷いた。そして小さく手を振るとその姿が光と共に消失しログアウトしていた。

 また明日な、ミモちゃん。俺は心の中でそう呟くと、さっさとログアウトボタンを押した。

 その日の夜は睡魔が俺の意識を狩りにきていたようで、PCの電源を落とし布団に体を投げ出すようにして横になると、すぐに眠気が意識を闇の底へと落としていった。

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