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神滅のヘッズベル  作者: くろえ
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第1話 守銭奴高校生

しばらくは毎日12:00投稿予定です。

 桜の季節も終わりを告げた頃。

 俺はアスファルトに落ちて汚れた、桜の花びらの数を数えながら通学路を歩いていた。なんてことはない、ただの暇つぶしだ。

 横断歩道にさしかかった所で顔を上げた先には公園がある。

 そこには登校前の小学生男子が一人、自販機の前できょろきょろと辺りを見回していた。明らかに挙動不審だ。

 信号待ちの間、その小学生を観察していた俺にはわかる。

 あのガキ……自販機の下にあるかもしれない小銭を漁ろうとしている。何を隠そう俺も昔はよくやってたからな。五〇〇円硬貨が落ちていた時は神に感謝したぞ。

 横断歩道を渡りきった時、小学生は完全に地べたに頬を擦り付けるような体勢で、自販機の下を覗き込んでいた。そして目的の物を発見したようで、隙間へ必死に手を伸ばしていた。


「う……ん、んぎぎ……くっ」


 俺も周囲を見渡し、誰も近くにいないことを確認した後に公園へと入った。

 昨日の雨でちょっと地面がぬかるんでいるにも関わらず、小学生はお宝探しに熱中しているようだ。俺の存在にまるで気づいていない。

 小学生の背後から尻を眺めて立つ俺って結構ヤバイんじゃないのこれ? 

やがて小学生は諦めてしまったのか、自販機から腕を引き立ち上がろうとした。


「届かなかったのか?」


 背後から唐突に投げかけられた声に、小学生は体を一瞬ビクっとさせて振り返った。


「びっくりした……お、お兄ちゃん誰?」


「通りすがりの高校生だ」


 愛想悪くそう答えた俺は、小学生の傍に立ち自販機の下を見つめる。


「いくらあった?」


「え? えっと……暗くてよく見えないけど多分一〇〇円と五〇円」


 その言葉を聞いた俺は学生鞄から三〇センチ定規を取り出すと、滑らかな動作で地面へと張り付き自販機の下を確認した。もはや玄人の動きのそれだ。

 なるほどな、あれだけ奥にあったらこのガキのリーチじゃ届かないわ。

 俺は用意した定規を使い、二枚の硬貨を難なく引き寄せてその手に掴んだ。


「ふぅ……一五〇円ゲット」


 立ち上がり、少し汚れてしまった制服の膝の泥を軽く払っていると、小学生が期待に満ちた表情でこちらを見ていた。


「あげようか?」


 二枚の硬貨を掌の上で遊ばせながら、俺は小学生にそう言った。

 それを聞いた小学生は嬉しそうに首を何回も縦に振っている。このくらいの子供は高校生がやたらとかっこよく見えたりするんだよな。俺もガキの頃は近所のお兄さんによく遊んでもらった。でも実はそのお兄さんは学校でハブられてて、登校拒否していた事実を後で知ったんだけど、今思えば他に遊んでくれる人いなかったんだな。


「そうか……仕方のないお子様だ。――ほれ」


 俺は硬貨を握っていた拳を高々と掲げた。そして言葉を紡ぐ。


「ハイ! 上げました!!」


 小学生は空に輝く太陽と、重なる俺の拳を見つめながら呆気にとられていた。


「そんじゃな。次は上手くやれよぉ」


 そう言い残し、俺は公園をあとにする。俺が鬼だと思うか? 狡い守銭奴だと思うか? そう思ってくれても大いに結構だ。この世は金がすべてであり、金は命よりも重い。だからこの一五〇円ですら俺には尊いものなのだ。


 俺にはもう両親がいない。親戚もあてにはできない。だから今はバイトをしながら一人暮らし中の貧乏苦学生だ。この手の中にある一五〇円だって立派な生活費の一部。

 生活保護法で学費は国からの援助を受けているが、数年前の法改正のせいで、生活費の貰える額がかなり減額されたのが痛い。まぁそれでも、俺の通っている私立高校の高い学費を自腹で払わなくて済んでいるのは有り難いことだろうな。

 そんなことを考えながら歩いていると、周りには同じ高校の学友たちがちらほらと姿を現しだしていた。いや、学友とは言わないか……友達いねえしな俺。同校生と呼ぶ方が正しい。

 校門をくぐり、いつものように下駄箱から自分のクラスへと足を運ぶ。

 二年A組出席番号一一番で席は窓際の一番後ろ。なんとも都合の良い場所である。前と右隣の席には女子がいる。二人とも結構可愛いので目の保養にはもってこいだ。

 俺の通う私立杜若台(かきつばただい)高校は二年前まで女子高だった。共学になりたてホヤホヤということもあって、現在は女子と男子の割合的には七対三といったところだ。べ、別にハーレム展開を期待してこの高校に進学したんじゃないぞ。理由はまず、家から近いこと、そして男子が少ないということは面倒な友人関係の付き合いを避けることが出来るからだ。俺に青春をエンジョイしている時間的余裕はない。


「やぁ、今日も眠そうな顔してるな、コガネ君!」


「昨日もバイトだったものでね」


 この気安く声をかけてきたチャラい男は樺山……えっと、下の名前は忘れた。一応、同じ中学出身だ。だが、断じて友達ではない。


「ははっ、君も大変だなぁ。そんなことより聞いてくれよ。最近始めたオンゲが物凄く面白くてさ。コガネ君もどうだい?」


「そんなことより」って何だよ。俺のバイトが、お前のもたらすクソゲーの情報よりも下だとでも言いたいのか? あとその前髪ファサってやるのやめろ。

 この学校は偏差値がそこそこ高い、そして男子が少ないこともあってか、頭の悪い不良はいない。だが、逆にこういう温室育ちの無神経なお坊ちゃんが多いわけ。


「悪いな、俺もうオンゲ引退したんだわ」


「なんと、あれだけ中学時代に名を馳せていたコガネ君が……そうか、生活が苦しいんだったね。ごめんな」


 悪い奴じゃないんだよなぁ、樺山…………ナントカくん。あとオンゲやめたってのも嘘だ。

 とまぁ、こんなわけで人間関係の希薄な俺の高校生活だが、否が応でも目を惹く奴がいる。おっと、噂をすればなんとやらだ。


「ごきげんよう、皆さん」


 教室の扉を開き入ってきた女生徒は、教室内を見渡し、慎ましくお辞儀をすると、腰まで伸びた漆のように光沢のある黒髪をなびかせて自席へと腰を下ろした。

 その一挙手一投足にクラスの生徒(特に男子)は、羨望の眼差しを向けながら彼女を見つめていた。とんでもない美少女だ。これでどっかの大企業の御令嬢だっていうんだから、俺は世の中が不公平だと思うわけよ。

 頬杖をつきながら恨めしげに彼女を目の端で捉えた俺は小さく舌打ちをした。

 この美少女の名前は天驚院(てんきょういん)音遠(ねおん)。成績優秀、容姿端麗、運動神経抜群……あぁ、もうこれ以上は言わなくても分かるな? 完璧(パーフェクト)超人ってやつです。本当にありがとうございました。

 朝の挨拶で「ごきげよう」とかどこのリリアン女学園なのかと俺は問いたい。


 その日はいつもの通り、何でもない平和で退屈な日常だった。

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