第10話 ゴリラは四天王最弱だってよ
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スコア上は三対二で俺達が優勢。このままミモちゃんとパスを回しながら、時間を稼いでいけばタイムアップで勝てる。しかし制限時間が残り五分を切ると、スフィアがもう一個追加されてしまうルールがある。
スフィアが敵に渡れば、正直なとこ勝ち目はない。
「いくぞミモちゃん!」
「がんばるの」
俺達はスフィアを交互に回しつつ、敵を探すために走り出した。
ミモちゃんとある程度の距離を保ちつつ、建ち並ぶ廃屋の隙間を潜り抜けていく。やがて、幸運にも先に敵を発見できた。馬面の男だ。
俺はミモちゃんにチームチャットで指示を送る。
〈背後から狙えるか?〉
このゲームはあくまでドッジボールであり、スフィアを当てれば倒せる。他の対人ゲームなどと違って、防御力など存在せず、隙さえ突けばレベル差を覆せることが醍醐味でもある。
ミモちゃんは俺の方を確認しながら頷いた。
気付かれないギリギリの距離までにじり寄り、ミモちゃんはスフィアを背後から投擲する。完全に仕留めたと思った。
「――ッ!?」
スフィアが当たる直前、馬面男の姿が消えた。
「まさか……っ!」
スフィアはそのまま建物の壁に当たり跳ね返る。そして、そのこぼれ球の付近に再び現れた馬面男が、不敵な笑みを浮かべながらスフィアを拾い上げた。
「ひひひ、残念だったな。ゴリアテは我ら四天王の中でも最弱」
「て、てめぇ……あれだけゴリの周りでヘコヘコしといてよく言うぜ」
俺とミモちゃんは一目散にその場から逃げ出し、廃墟の中へと隠れる。
階段をひたすら駆け上がる俺達。
「コガネ……さっきの」
「あぁ、そうだよ! あいつラグスイッチ使ってやがった!」
ラグスイッチとは、オンラインゲームにおいて意図的にインターネット回線の速度を調節し、回線遅延を悪用する違反行為である。回線速度の遅延によって「見えているプレイヤー」が実際にはすでにその座標には存在せず、攻撃を当てることが困難になる為、ゲームの公平性が失われてしまうのである。
「あのタイミングは回線の不調なんかじゃなく、あらかじめ準備してたんだ」
ラグスイッチなんて使ってることが運営にバレれば、アカウント停止は確実。だけど、そんなこと今は関係ねえ。ああいう輩はゲームをやる資格はねえから、俺が直々に粛清してやらないと気が済まねえんだ!
「ミモちゃん、あいつら許せないよな?」
俺は眉根を上げて怒りを顕わにする。そんな俺に共感するようにして、ミモちゃんは静かに頷いた。それはいつもの眠たげなものとは違う、凛とした面持ちだ。
制限時間は残り八分を切った。
普通の人間にはラグスイッチに対抗できる手段などはない。こちらが回線を切断して、ノーゲームにすることぐらいがせめてもの抵抗だろう。勿論、ほとんどのオンラインゲームではそれらに対し何らかのペナルティが課せられてしまう。まったくもって理不尽極まりない。
俺はサブウィンドウを起ち上げ、広大なネットの海を駆け巡り、目的の物を探して黙々とキーを弾く。
そして――――。
「見つけた」
俺が探し物を見つけたと同時にゲーム内の窓ガラスが割れ、二人の敵が俺達のいる部屋へと侵入してきた。
「さぁて、やられる準備はできたのかい? ひひひ」
馬面男が余裕の表情でスフィアを構え、その少し後ろではジャガイモ面の男が、俺達を逃がすまいと出口に立ち塞がっていた。
「……ひとつ言っておく。俺達が勝ったら今後一切、汚い真似はしないと誓え。初心者狩りも、ラグスイッチもだ」
「はぁ? ラグスイッチ? なんのことだか解かりませーん!」
あぁ、その顔まじでイラっとくる。
「あっそ、じゃあもういいわ」
「ははっ! 諦めたのか? これに懲りたらあんまり調子こいた真似するんじゃねえぞ!」
馬面男は嗤いながら俺に向かってスフィアを投擲した。
それは真正面の軌道、何の変哲もないショットだった。どうやら俺のヴンダーについてはゴリ達から聞いてないらしい。
俺はスフィアを避け、壁にバウンドして転がる先に走り出す。
「なっ! 軌道のヴンダーだったのか!」
再びスフィアを手に入れた俺は、すかさずミモちゃんにパスを出す。
「いくら足掻いても無駄なんだよォ!」
馬面男が吼えながら室内を走り出す。この瞬間もまたラグスイッチを使い、視えている位置には存在していないのだろう。
ミモちゃんが風を切るような速さで馬面男の側面に回りこむ。
「もう無駄なの」
そう言いながらミモちゃんはスフィアを投げた。しかしそれは視えている馬面男の方向ではなく、まったくの逆方向だった。
「が――ッ!!」
スフィアが空中で何かにぶつかり、その場所から呻き声が聴こえる。
次の瞬間、スフィアが脇腹に突き刺さって吹き飛んだ馬面男が現れた。
「そんな……バカな!」
『プレイヤー・ミモが敵一体を撃破しました』
驚愕と苦悶の表情を浮かべながら、馬面男は光となって空へと消えていく。その様子を側で見ていたジャガイモ面の男が目を丸くしていた。そして正気を取り戻したそいつは、慌てふためき声を上げる。
「な、何をしたんだ! 場所がわかるはずが……っ! マグレか!?」
「ちげーよ、お前らのパソコンの回線速度を全部トレースさせてもらった。もう俺達にラグスイッチは通用しねえぞ」
俺は馬面男のパソコンに介入して回線の速度をそっくりそのままコピーした。これによって俺のモニターからは敵がどの座標にいるかは一目瞭然となり、それをミモちゃんに伝えてスフィアを投げさせた、というのが手品の種明かしだ。
「お前、そんなこと出来るわけが……そんなのハッキング行為じゃねーか!」
「ふははははは! ゲームシステムには一切手をつけてないんで!」
まぁ確かに平たく言えばハッキングなんだが、別に何かウィルスを送りつけたわけではないし、データを盗んだわけじゃない。ていうか、お前らがそんなことを主張する権利などない!
俺はラスト一回の軌道能力を発動させて、スフィアをいち早く確保する。
このジャガイモ野郎はラグスイッチを使っていないことは、馬面男のパソコンをハッキングした際ついでに調べてわかっていた。
「くそっ、ふざけやがって。だがなぁ! そもそもお前らと俺はレベルが違うんだ! この閉鎖された狭い空間で、もうスフィアを持ってないお前らに勝ち目なんか無いぞ!」
転がっていたスフィアを拾い、ジャガイモ顔の男が吠え立てる。そして大きく振りかぶり、俺に向かって投擲した。
「これでぇ……終わりだぁ――!!」
ジャガイモ君の言ってることは間違っていない。
この状況とレベル差を覆すことは容易じゃない。だが都合の良いことに俺が持っている〝奥の手〟は、このゲームと非常に相性の良いものだった。
「よっと!」
俺は敵の投げたスフィアを正面からガッシリと掴み取った。
「は? はあぁ――っ!? なぜ取れる!? おまっ、レベル1の初心者のはずだろ!!」
「それは単純に遅えから。止まって見えるほどにな」
「せ、説明になってねえぞ!」
「教えてやる義理はない。ってことで……あばよ!」
俺は逃げ場の無い至近距離から、ジャガイモ男の顔面に叩きつけるようにしてスフィアを投げつけた。
「ぶふぉっ!」
『プレイヤー・コガネが敵一体を撃破しました』
最後の敵プレイヤーを倒した直後、甲子園で鳴り響くサイレンのような音がフィールドに響き渡り、戦闘終了の合図が告げられた。