第9話 それぞれの思惑
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まるで、自分の役目は果たしたと言わんばかりに動かなくなったテンゴウ。その態度に俺は不信感と違和感を憶えながらも、小さく溜め息をついてから頭を切り替えることにした。
どうせ元々いなかったはずの援軍だ。一人倒してくれただけでも充分だと思うしかないか。
「ところでミモちゃん」
「ん?」
「さっきテンゴウと何を話してたんだ?」
ミモちゃんはちらりとテンゴウの方に目を向ける。そして首を左右に振って、俺の問いには答えられないことを態度で示した。
「……うーん、まぁゲーム終わったらゆっくり訊かせてもらうことにするわ。この戦闘も何か意味があって仕組んだんだろうし」
クロノス側の勢力下で、俺がああいう連中に絡まれることも織り込み済み、尚且つ都合よくテンゴウという仲間が参加してきた。
今のこの状況を、ミモちゃんは全て予測していたはずだ。だから晒し掲示板に書き込まれている情報も、事前に記憶していたということか。
――恐ろしい子っ!
ここまで用意周到だと、ミモちゃんのリアル幼女説が疑わしくなってしまう!
「コガネ?」
「はっ! い、いかん……ゲームに集中しねえと」
「スフィアの落ちた位置からして、もう他の敵に確保された可能性が高いの」
「だろうな……だとしたら位置関係からしてゴリが持ってるはずだ」
その言葉を自分で口にした直後、俺の背筋に感じた悪寒――。
「ミモちゃんッ!」
俺は咄嗟にミモちゃんの肩を突き飛ばした。
二人の間の空間に一瞬だけ光が迸り、突如スフィアが出現した。
――ゴリの強襲転移!!
投擲したスフィアを任意の場所にテレポートさせるヴンダー能力。それが今この瞬間に発動され俺たちに襲い掛かってきた。
「あっぶねぇ!」
紙一重だった。俺とミモちゃんの間をスフィアが高速で通り抜けていった。しかも嫌らしいことに、スフィアは俺たちの後方から飛んできた。それはつまり、回避された時にスフィアがゴリ達のいる方向へと戻っていく保険をかけてのショットってことだ。
「ちっ、ゴリラのくせに考えてやがるな」
「コガネ、ありがと」
ミモちゃんはお尻についた土を払い落として立ち上がった。
人数的には三対三になったとはいえ、こっちは戦線放棄したテンゴウと、もうヴンダーを使えないミモちゃんだけ。オマケにレベル差も相まって戦況は最悪にして劣悪。
「ヴンダーで攻撃してきたってことは、ゴリは俺達が視認できる距離にいたはずだ。ミモちゃん、作戦通りにいけるか?」
無表情のまま頷いたミモちゃんはすぐさま走り出した。
スフィアが飛んでいった方角、そこにゴリがいることは自明の理だ。
「とにかくスフィアを奪い返さないと話になんねえ!」
俺もミモちゃんの後に続いて走り出す。
ゴリの強襲転移はこちらの動きを止めず、移動方向を予測させずに走れば脅威にはならない。できるだけジグザグに走りながら、奴までの距離を詰める!
そして、廃ビル群の脇を走り抜けた先にゴリの姿を捉えた。
「見つけたぞゴリラぁ!!」
「くっ、誰がゴリラだボケ――ッ!」
このドッジボールにはコートの概念が存在しない。つまり本来はスフィアを確保するには相手のショットを回避するか、捕球するしかないわけだが、ヘッズベルでの特殊ルールとして、一人のプレイヤーがスフィアを持っていられる時間は三〇秒と決められている。その間に味方へパスをだすか、敵に向かって投げつけなければスフィアは手元から消失し相手に渡る。
「さぁて、かかってこいよ初心者狩りのゴリさんよ」
敵をハメるにはまず相手を挑発して、冷静さを奪うのが基本。まぁただの煽りといえば聞こえは悪いかもしれないが、常套手段でもある。
「てめぇ、ルーキータグ付いてるような初心者が、まさか俺に勝てるだなんて夢見てるんじゃねえだろうな」
俺とミモちゃんがゴリを左右から囲むように展開し、機をうかがうようにしてにじり寄る。
「え? むしろゴリラが人間様に勝てると思ってたのか?」
とぼけた声でそう返した俺に対し、青筋を立ててゴリが歯を食いしばっている。煽り耐性の低いやつだ。
俺たち二人がゴリと距離を詰めたのは、仲間に合流される前にスフィアを奪い返したかったから。その点でいえば単独行動をとっていたゴリと、さっきテンゴウが仕留めたカエル面の男は都合が良かった。なんにしても、初心者だからと舐めすぎなのだ。
ドッジボールに限らず、球技はチームワーク、フォーメーションが最も重要視されるスポーツ。それはリアルでもバーチャルでも変わらない。
「ザコは大人しく俺にやられてりゃいいんだよッ!」
「ははっ! ここで俺たち初心者にやられたなんて噂が広まれば、晒し掲示板でもっと有名になれるぜ? スレッドに燃料投下してやるよ!」
スフィアが消失するまであと一〇秒程度。時間を稼げれば、また俺たちの方に攻撃権が移る。
「調子こいてんじゃねえ!」
ゴリが俺に向かって、力任せにスフィアを投げつけてきた。しかしそれは無駄なのだ。
俺のヴンダー〝軌道〟は投擲されたスフィアがどこに向かうのかが視える。
「ミモちゃん、こっちはフェイクだ! またそっちに転移してくんぞ!」
位相空間に存在するスフィアの軌道さえ捕捉できるこの能力は、正しくゴリのヴンダー能力の天敵。
ミモちゃんの背後に再び光が迸る。そして、俺の眼前に迫っていたスフィアが消え、ミモちゃんの背後に出現した。
「ほっ」
俺の掛け声に反応し、ひらりと宙を舞うようにしてスフィアを躱す。
「ミモちゃん! ナイス!」
外れたスフィアは、そのままコンクリート壁に叩きつけられバウンド。こぼれ球に対し、ほぼ同時に走り出した俺とゴリだったが、レベル差のせいで走力は向こうが上だ。
そして、ゴリが手を伸ばしボールを確保しようとした直前――。
「させるかよ!」
俺はもうひとつのヴンダー〝磁力念動〟を発動させた。
磁力念動はスフィアとプレイヤーに効力は無いが、それ以外の様々なゲームオブジェクトを弾いたり、引き寄せたりできる能力。
「なっ……にぃ!」
廃墟のそこら中にあるコンクリ片を自分の方向へ引き寄せ、直線上にあったスフィアにそれをブチ当てた。
「ゲットなの」
そのスフィアを空中でキャッチしたミモちゃんは、ゴリの背後からスフィアを投擲。距離にして五メートルに満たない至近距離からのショットが直撃した。
「ぶへっ!!」
『プレイヤー・ミモが敵一体を撃破しました』
「う、うそだああああ――!!」
末期の叫びと共に、ゴリの身体が光となって空高く飛んでいった。
その時、俺はチュートリアルでベルが話していたヘッズベルの設定を思い起こしていた。
なんでもこの世界の戦争では、兵士達は全員、量子コンピュータから魂だけを戦闘用のアバターに移して戦っており、アバターが敵に破壊された瞬間に魂を緊急脱出させるとかなんとか。
あくまでゲームの設定の話だから、別にどうということはないのだけれど。
「ふぅ、これで残る敵は二人! しかもスフィアはこっちにあるし断然、有利だな」
「……」
ミモちゃんはスフィアを手にしながら、俺をじっーと見つめている。その視線が意味するものを察して、俺は頭を掻きむしった。
「わかってるよ……別に有利でも何でもない。むしろ不利まである」
上手く敵二人を倒せたのは騙し討ち、不意打ちみたいなものだ。敵に連携されたらまず勝ち目なんてない。くわえてこっちは、俺のヴンダーが後三回しか使えない状態。
「……」
ミモちゃんは俺から視線を外してくれない。
「はぁ……それでも、勝てって言うんだろ?」
まさに無言の圧力。
ミモちゃんはオンゲにおいて俺が負けることを激しく嫌がる。
以前、他のゲームで見知らぬプレイヤーに負けてしまった時は、傍にいて行動を共にしているにも関わらず、二週間も会話、及びチャットに反応してくれなかったでござる。そのくせ何処へ行っても付いてはくるのだが……。
俺は別に不敗神話なんて持っちゃいない。負ける時は普通に負ける。
ゲームなのだから当然だ。ただ、負けるのは悔しい。
「オーケー、やれる範囲でやってやりますか!」
俺は握った右拳と左掌を合わせて気合を入れる。