12話
「金曜日は肉が安いから、ガッツリ系もありだね」
僕と千夏が放課後、教室でこれ見よがしにそんな会話をしているところに誰かが絡んで来るかどうかは、事前に話題に出ていた。
と言っても、藤堂さん曰く、空気に敏い子たちには千夏の彼氏が同じクラスとか、目立つのが好きじゃないとか、そろそろ解禁にするみたいとか、それとなく噂は流しているから、後は個々人の空気の読め無さ具合によるけど、流石に放課後だから様子見るんじゃないかな、とのことだったけれど。
「えっと南野? 何で二番なんかとそんな仲良さそうなの?」
だから、前の席に座る石澤がそんなセリフと共に、唖然とした顔で話しかけてきた時は、かけられた二番という言葉なんかよりも、空気の読め無さ具合で藤堂さんの想定を超えたか、と笑いそうになったのは内緒だ。
「え? ハジメとうちが付き合ってるからだけど、何?」
千夏は、僕らの関係を公にすると同時に、誰にでもいい顔をする、というか意識してヘイトコントロールするのを辞めることにしたようだった。
そのためか、石澤に対しての口調が少し強いものになっている。
「は? ……いやだって、ありえないっしょ?」
「……急に話しかけてきて、ありえないって言う石澤の方が、うちにとってはありえないんだけど」
「え? だって何で二番なの? せめてさ、D組の佐藤じゃないの?」
元々石澤の言葉は軽い。
キャラもあるだろうが、何故かそう感じるのだ。
ただ、千夏にとっては逆鱗に触れたようなもので。少し離れた位置で見守るようにしていた藤堂さんが少し天を仰ぐようにしている。そして櫻井さん、絶対キミ今俯いてるの笑ってるよね? 段々性格わかってきたんだけど。
「あのさ、石澤、あんたどれだけ失礼な事言ってるか自覚してる? 人の彼氏を二番呼ばわりした挙げ句に、あり得ないって言ってるんだよ? 流石に、うち、怒るよ?」
苛立ちからかポンポンと出てくる千夏の言葉に、反射的に油を注ぐ石澤。
変に周りを見てしまえる冷静さもあるせいか、僕は止め時を見失いそうになっていた。ただ、これ以上は必要以上に千夏が前に出ることになりそうなので、千夏の手をそっと掴んで止める。
「千夏、ありがとう。でも大丈夫だから…………後石澤、僕が今まで、まぁ良いかって思ってたのも良くなかったと思うんだけどさ、その呼び名、やめてもらっていいかな? 佐藤くんと話す時にややこしいのはわかるけど今はそうじゃないしね」
そう言うと、石澤は驚いたような表情をして言った。
「は? 何今さら? …………ってかわかった、あれだろ? 今流行の偽彼氏ってやつ」
随分と面白い事を言うな、とさっき笑いそうになっていたのもあって僕は吹き出してしまった。
それが更に石澤を苛立たせたようで。
「おい、何だよそれ、馬鹿にしてんのか?」
睨みつけるように千夏から僕に目線を変えて、そう言ってくる。
「ごめんごめん、別にクラスメイトと揉めるつもりは無いんだって。ただ、ちょっと事前に言われてたことと合わせてツボに嵌ったというか。…………あのさ、まず偽物とかじゃなくて僕と千夏は本当に付き合ってるよ、クリスマスの少し前位からね。僕はちゃんと千夏が好きだし、千夏もそう言ってくれてる」
隣の席から、おおっという声が上がった。目立たない系男子と人気者の隠れ恋人とか萌える、とか聞こえるのは無視する。
ちょっと恥ずかしい気持ちはあるけれど、ここで黙るのは良くないからはっきり言い切って、後、そもそも気になってしまったことを尋ねた。
「それに、もし偽物だったとしてもさ、偽物を作りたいくらいそっちが嫌がられてるってことになるよ? いいの?」
「…………くくっ、確かに」
既に見世物のようになってきていて、隣の席からこちらを気にしていた女子達にウケていた。
石澤はそちらを睨むように見て、そして僕と千夏を見て舌打ちをして、何なんだよ、と言いながら立ち上がって教室を出ていった。
「いやー、空気の読め無さ具合について、大丈夫だと思うとか言って悪かったね……でも結果オーライということで」
藤堂さんがそう僕らだけに聞こえる声で言って、それに続くように櫻井さんと法乗院さんが僕と千夏に近づいてきた。
「石澤くんが話しかけてきた時、千夏ちゃんはイラッとしてたのに、佐藤くんさ、笑い堪えてたでしょ? 口元ピクピクしてるの見えて、私まで笑いそうになったんだけど」
櫻井さんがそうからかうように言うのに、僕は、はは、と笑う。
「それ、櫻井さんもだよね? 見えてたよ? 笑ってるの」
「…………早紀ちゃんのせいだと思うんだよね」
「ちょっとゆっこ? って玲奈まで笑って」
先程までの喧騒に混じっていた空気から、石澤が良いスパイスになってくれた上に、こうして藤堂さん達まで当たり前のように僕と会話していることで、どうやら僕と千夏については事実らしいという空気が流れ始めた。
ただ、男子達の中には、急な出来事への戸惑いと少しの苛立ちなのか、嫉妬なのか、そんな目線を向けてくるものもいるし、教室の外から見てくる人間も先程より増えている気がした。まぁ、ここから先は僕の頑張り次第なのだろう。
「……とりあえず今日のところは帰ろっか」
頃合いだと、そう思った。
千夏も同様に周りの空気を察してそう言って、僕も頷いて二人で立ち上がる。
ただ、その時少しばかり、予想外の事が起こった。
「ハジメ、明日ってお前、行く予定あるか?」
帰り際なのだろう、当たり前のように僕らの教室に入ってきた真司が、僕にそう問いかけた。
今まで、学校で真司と会話したことなどなかったし、そもそもこいつは別のクラスにわざわざ自分から来るような奴ではない。
グレーに染めた短髪にピアスという学校の中では特に目立つ容姿、そしてそれを許される家柄に、文句を言わせない学力。体育などの運動でもそつなくこなす。目立った不良はいないものの、校内で突っ張っている生徒たちの筆頭のように見られており取り巻きは男女問わずにいるらしい。
それでいて唯我独尊とでも言うのか、周りと付き合いもしつつ、一歩前というか、上を歩いているのが自然に思えるような立ち振舞い。
もし佐藤くんを正統派と評するとしたら少しばかり異端の、でも間違いなく一目置かれた影響力がある男子ではあった。
「真司、お前」
「……あんだよ? 解禁なんだろうが。ちょっとした気まぐれだ」
そんな真司が、対等な友人であることを示すかのように僕にわざわざクラスまで訪ねてきて話しかけることの意味をわからないわけでは流石になかった。
第一、普通にメッセージを送れば良いことをわざわざ、である。
「男のツンデレに需要はねーぞ……明日は行くつもり」
「何のことだかな…………じゃあな、おっさん共相手に明日も勝とうや」
だから、僕は照れ隠しのようにそう言うしか無かった。ありがとうと言うのも違う気がした。
それにふっと笑って、来た時と同様の自然な様子で、ある意味先程以上にざわつき始めた教室から真司は去っていく。
「僕らも帰ろうか」
「そだね……作戦とか関係なしに全部持っていかれちゃった感はあるけど。……ふふー、それにしても良かったね、ハジメ、顔が嬉しそうだよ!」
僕はそう言って微笑む千夏に、少しばかりの照れくささを感じて頷いた。
あれだけ、欠片も興味無さそうなふりしやがって、いつから考えていたんだか。そんな事を思う。
何というか僕は、意外と友人というやつに恵まれていたようで。
あの日、学校内でも自然体に振る舞える友人を手に入れていたのは、千夏だけでは無かったらしかった。




