3話
千夏の親戚の方々は、純粋にいい人達だった。
突然やってきた親戚の女の子の彼氏なんて微妙な存在に、きちんと対応してくれてありがたいと思う。
それに、僕は元来、唯一付き合いのあった叔父さんも定住しておらず、よくある親戚付き合いというもの自体がほとんど無かったため、こういう絵に書いたような田舎の祖父母の家、というところに親族が集まっているのは新鮮だった。
伯母さんに出してもらったおやきは、あんこかと思いきや野沢菜が入っていてびっくりしたけど、最初の驚きを通り越すと意外と美味しいものだったし、千夏の祖母も持ち直したからか、かなり和やかにお話もできて、結構楽しい。
そうしているうちに夕方になり、僕と千夏は帰る前に千夏の祖母の部屋に一緒に伺えることになった。
「ありがとうね、こうできてるのも本当、ハジメのおかげだよ」
「そんなことないよ。僕は連れてきただけで、後は全部千夏が一人でしたことなんだから」
僕が本心からそう言うと、千夏が僕の方を見て、それでもハジメのおかげなんだよ、と言って眩しいほどの笑顔をくれる。
うん、今日も僕の彼女は可愛い。
千夏の祖母の部屋の前で、どうするか少し迷った後に中に声をかけた。扉と違って、ノックではないので少々気を遣う。
程なく、思った以上に張りのある声が返ってきたため、僕と千夏は襖を開いて中にお邪魔した。
「初めまして、佐藤一と言います。この度は突然お邪魔してすみません」
「おばあちゃん、こっちがうちの彼氏のハジメ。えへへ、こうして紹介できてとても嬉しい」
横になっている老婦人の布団の脇に置かれている座布団に、挨拶をしつつ姿勢を正して座る。
千夏からも紹介の言葉が続き、僕ら二人を見て、千夏の祖母はにこやかに笑って口を開いた。
「丁寧な挨拶をありがとうねぇ。ふふ、ハジメ君と言ったね、千夏ちゃんと仲良くしてくれているみたいで、ほんにありがとうねぇ」
「いえ、こちらこそ、千夏さんのおかげで毎日が楽しく過ごさせていただいてます……できたら千夏さんにとってもそうであればいいな、と思ってます」
「勿論うちもそうだよ!」
「……あらあら、良かったねぇ、千夏ちゃん。何だか私まで元気をもらうようだよ」
そう言って伸ばされる手を、千夏の両手が包む。
良かった。思った以上に元気そうに見える。
「おばあちゃん、本当に良かったよ、うち、こうして話できるのが泣きそうになるくらい嬉しい」
「ふふ、ありがとうねぇ。涼夏さんにも言ったけれど、おばあちゃんは千夏ちゃんが産まれてくれて、そして涼夏さんとも縁者になれて、その事は決して悪縁なんかじゃあない、とても幸福なことだったと思っているよ……だから少なくとも、私が元気なうちはいつでも顔を見せておくれ。誰にも文句は言わせやしない。勿論、ハジメ君も是非一緒にねぇ」
「……ありがとうございます、光栄です」
そんな風に、僕らは少しばかりの楽しい雑談の時間を過ごさせてもらい、まだ無理は禁物ということで、お暇する旨と伝えて、僕らも、また是非来てほしいという言葉を頂いて退室した。
荷物をまとめるべく、僕らに用意してもらっていた部屋に入り、そっと襖を閉めると、千夏は僕に飛びつくようにして抱きしめてきた。
そのまま顔が近づいてきて、唇を重ね合わせる。啄むよりちょっとばかり深く、その先を意識させるようなキスを少しすると、名残惜しそうに千夏は離れ、その口からどこか甘い吐息が漏れた。
「さっきも言ったけど、ありがとう、ハジメ」
そうして、千夏が万感がこもったように、そう言うのを、僕はドキドキさせられながら聞く。
ここ数日の千夏は本当に僕の心臓に悪かった。
何とか息を整えて答える。
「千夏が大好きなのもわかる、凄い、いい歳の重ね方をされているなっておばあちゃんだったね、持ち直して本当に良かった」
それに頷いて、千夏は僕の方を見た。
「うん、診てくれているお医者さんは、やっぱり意志の問題が大きいだろうって……それにね、あのままだったら、もし一人だったらうち、ここに来れなくて、絶対に後悔してたと思う」
「…………」
そうして出てきた千夏の言葉を僕は無言で聞く。
「勿論さ、おばあちゃんにはこれで最後じゃなくて、もっともっと長生きしてほしいと思うけど、でも、絶対いつかお別れは来るじゃん。だからそれまでに、後悔しちゃいそうなことは一つ一つ、無くしていけたらいいなって思えた」
「そうだね」
「うち、ハジメに会えてよかった。ハジメがうちの恋人で良かった。今ここに居てくれて嬉しい。……多分ハジメが思ってる万倍くらい、うちはハジメのことが大好きだからね」
「…………」
あまりに真っ直ぐに向けられた好意に、溺れるように言葉が出なくなった。
「そうやって、照れるところも好き」
「……千夏は僕を照れ死にさせたいの!?」
それでも続く言葉に僕が堪らずそう呟くと、長生きしてもらわないと困るなぁ、と千夏は言った。
「だって、ハジメがいなくなったらうち、もう無理だもん」
そして更にそんな追い打ちのようなことを潤んだ瞳で呟くのだから、どうして今この場所なんだと僕は頭の片隅で思いながら、倒れこむように先程畳んだ布団に頭からダイブした。
僕の彼女が可愛すぎて、もう耐えられる自信がありませんがどうしたらいいでしょうか。




