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5話


 白い子猫はまだケージに敷かれたクッションに丸まるように眠っていた。

 水とご飯は言われたとおりに用意して、トイレにも元々いたダンボールの切れ端を少し混ぜて、猫砂を入れてあげる。


 話をしたいと言って上がってきた割には、南野さんは一言も発することはなく、リビングのテーブルの前の椅子に座り、とりあえずと出したコーヒーにミルクを入れて飲みながら僕が用意する様子を静かに見ていた。


「どうかした?」


 一通りを終えて、僕もまた、向かい側に座ってコーヒーを一口飲んで、こちらをじっと見ている南野さんに声をかける。

 うん、インスタントでも十分美味しい。


「何か、家事手慣れてるな、と思って。その、猫のための場所を空けたりとかコーヒー淹れてくれたりとか、動線が」


「まぁ、いつもやってるからね」


「何だか知らない佐藤くんが沢山だね」


「お互い様じゃないかな、ほら、喋ったの今日が初めてだし」


「そうだよね、不思議、まさか佐藤くんのお家に連れ込まれて、コーヒーを頂きながら二人で話すことになろうとは」


「上がり込んできてコーヒーを飲んでるのは南野さんだけどね。上げたのは僕だけど」


「佐藤くん、兄弟はいたりする?」


「…………一つ下に妹が一人」


「ふーん、だからかな、佐藤くん女の子と話すのに自然体な感じがするの」


「そう?」


「うん、そうだよ」


 ズズ、とコーヒーを飲む音が響く。

 

『おにいはさ、普通にしてればまぁ普通なんだから、人の友だちと話すのにキョドらないでよ』

『ほらほら、可愛い妹が訓練してしんぜようではないか』


 確かに自称可愛い妹によって、妹の友人と共に話の訓練をさせられたことはある。

 今更その効果でも現れたのだろうか、そんな事を思いながら、そろそろ探り合いは良いだろうと本題に入る。


「で、話がしたいって?」

「あ、うん……」


 もう一口、コーヒーを口に含むと、南野さんが恐る恐るといった感じで言葉を発した。


「……あのさ、うちと友達になってくれない?」


「一応、親密度はともかく友達にはなってるつもりだったんだけど」


 今日一日で、結構話もしたし友達だと思ってたらまだだったらしい。


「いや、そういうことじゃなくってさ。嫌われないようにとかさ、そういう気を遣わなくて良い友達ってこと」


「あぁ、なるほど。八方美人モードを解除したいってことね」


「ふふ、言い方。でもまぁ、そういうこと、ってかもうほとんど解けちゃってるけど」


 あーあ、と南野さんが伸びをする。そうすることで、少し制服の胸元が強調される視線の引力から、猫の様子でも確認するように僕は視線をそらした。

 どうも、相手の顔色を気にしたり、影響を意識したりしないで済む友人関係を、多分本来普通そうあるべきであろう関係を彼女は御所望らしかった。

 

「いいよ。いや、これだとちょっと違うな。――――南野さん、僕と友達になってください、と言った方がいいのかな」


 これもまた、乗りかかった船だと思った。

 それに、今日はお節介の日な気がした。子猫のことといい、先程の一言といい。


「っ……ふふー、仕方ないなぁ」


「急な上から目線乙」


 むふふ、といたずらっぽい表情で、南野さんが柔らかく笑う。

 ありがとう。そう声に出さずに唇の動きで表すのに、つい見惚れてしまった。ずるい。


「で、やっぱり怖いの? 嫌われるの」


 せっかくなので、聞く。

 多分、それを話したいんだろうから。


「んー、さっきも言ったけどちょっと違うんだよね、長くなるかもなんだけど、聞いてくれる?」


「いいよ。ただまぁ、時間的にご飯の用意しながらで良い? せっかくだから食べてく?」


 長くなるなら、話し終わる頃にはお腹も空いていることだろう。

 それに、何となくだけど、テーブルでお互いの顔を見合って話すよりも、そっちの方が良い気がした。


「えー、そっちから質問しといてそれ!? 結構重い話しようとしているんですけどー、ながら聞きはダメなんだよー! ……ってご飯? 佐藤くんが作るの? え、食べたいんですけど」


「質問してあげたのは様式美的なものだから。後ほら、腹が減ってはなんとやらって言うじゃん、大丈夫、料理作りながらいつもラジオ聞いてるからちゃんと話も聞けるよ」


「勇気を出して話そうとしていることを聞き流しラジオ扱いしないでほしいんだけど」


 むー、と少し膨れつつ、キッチンに向かう僕の背中に向けて、南野さんは過去を話し始めた。



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