18話
『(千夏)少しだけどおばあちゃんと、話できた』
『(千夏)ハジメに会いたい。どこにいる?』
ただそれだけのメッセージが飛んできたのは、二日目の夜のことだった。
夜も更けてというほどではないが、東京の街並みほどに明かりがないこの場所はもう暗く、ホテルに戻ろうとしていた僕は、すぐに千夏に電話をかける。
「もしもし、千夏?」
「ハジメ?」
着信で、必ず相手は千夏に違いないのに、僕も千夏も名前を呼んでしまう。
そうして、僕の名前を呼ぶ声を聞いただけで、何となく、千夏の中で何かが終わったんだなと感じた。
「僕はね、今城の近くにいる」
「うん、じゃあうちも行っていい? あのさ、会いたいんだ、凄く、とっても」
会いたいと言ってくれる言葉の後ろに、強調の言葉が二重に重なっているのがまた、千夏の想いが電話越しにでも伝わってくる気がしたし、勿論僕もまた、千夏に会いたいと思っていた。
「もう大丈夫なの?」
「……うん、大丈夫かはわからないけど、おばあちゃんには謝れたしちゃんと話せたから」
「そっか、バス、はもう無さそうかな、タクシーとかで来れる?」
「あ、ハジメちょっと待って。…………いいの? ありがとう…………ハジメ、今ね、あっちゃん、従姉が送ってくれるって、城の前の道沿いでいい?」
「それなら安心だね。うん、雪まつりで城もライトアップされてて、すごい綺麗だよ。僕も一緒に見たいなと思ったから、良かった。待ってるね」
千夏の祖母の家で、何があったのかはわからない。
でも、千夏の声は弾んでいた。だから僕はそれにホッとする。
きっと、きちんと祖母と話ができたのだろう。それが短くとも長くとも、少なくともお互いに満足ができたのであれば、それで良かった。
千夏との電話を切って空を見上げる。
地上の明かりが少ないからなのか、それとも標高が高いからなのか、または凍てつくほどに空気が冷たいからなのかはわからないけれど、頭上の月と星は、驚くほどに綺麗に見えた。
◇◆
城の前で待っていると、道路沿いに車が止まって、千夏が降りてくる。
運転席に座る、大学生くらいだろうお姉さんに、軽く頭を下げて会釈をした。夜なのに車を出してくれてありがたいと思う。
「ハジメ!」
そうしていると、千夏がそう言って、すぐさま僕に飛び込んできた。
まさか出会い頭に抱きつかれるとは思わず、僕は転びそうになるのを何とか耐えて、千夏を抱きとめる。
目の端で、車の中のお姉さんが目を丸くしているのが見えて、僕は少し照れてしまった。
なのに、千夏はそんな事にお構いなしのように、むしろ違う方を見ているのが不満なように僕の顔を両手でぐいと引き寄せて――――。
え?
「え…………んぅ…………っ! ちょ、ちょっと千夏?」
柔らかい感触。
一瞬の陶酔の後で、唐突に唇を奪われた事に脳が追いついた僕は、慌てて千夏を引き離す。
外、ここ外だから! しかも親戚のお姉さん目を丸くするどころじゃなく見てるから!
「……むぅ、ハジメに引き剥がされた」
それにさぞ不満そうに、千夏がむくれたように言うのに、僕は焦りながら尋ねる。
「いや、決して嫌なわけじゃないけど……ってそうじゃなくて、どうしたのさ千夏? おばあちゃんの家で何があったの?」
「色々あったけど、もう大丈夫、今大丈夫になった! …………ただね、ハジメに会いたいなぁって思ってて、会ったら会ったで、止まらなくなっちゃった、えへへ」
えへへって、可愛ければ何でも許されると思うなよ………………まぁ僕は許してしまうけれど。
まだ普通に通行人もいれば、雪まつりに来ている人もいる。観光で来た人も、地元っぽい人も。
そして、完全にその人達の視線が刺さっているけれど、千夏の笑顔を見て、僕は何もかもどうでも良くなってしまった。
クリスマスが終わったとはいえ、恋人たちの日を彩っていたイルミネーションはまだ健在だった。だからきっと、僕らも許されてしまうはずだ。地上の星も天空の星も輝いていて、その下で雪で作られた様々な造形が、それぞれ綺麗にその光を受けている。そちらを見て、千夏は言う。
「雪まつりなんだっけ? クリスマスはもう過ぎちゃったけど、ちょっと遅れたクリスマスデート、しようよ」
僕に異論は全く無かった。
◇◆
そこまで広過ぎはしない広場の中に様々な氷像が飾られている。
光がうまく調整されて、城や木々もまたイルミネーションが輝いていて幻想的な空間となっていた。
「うわぁ、凄いねぇ、うち、何だかんだこの時期に来たのは初めてかも」
「そうなんだ、僕も初めてだから、何だか嬉しいね」
「ふふ、とんだクリスマスになっちゃったけど、これはこれで、良かったのかな…………何だか普通にディナーに行くのも絶対に楽しかったけれど、それよりも、もっとハジメのことが好きになったかも」
「…………僕が言うのも何だけどさ、ちょっと今日の千夏、溢れすぎてない?」
「しょうがないじゃん! ハジメが悪いんだよ!」
そうか、どうやら僕が悪かったらしい。じゃあしょうがないのか。
「それとも、彼女の好きが自分に対して溢れてたら嫌なわけ?」
「……嫌なわけないじゃん、普通に嬉しいよ」
確かに、せっかくの誰一人として僕らの事を知っている人がいない場所だ。周りを気にすることもなく、千夏が変装することもなくデートができるという意味でも、ここに来て良かったのかもしれなかった。
この場所では僕と千夏は、高校の中の目立たない男子でも、人気者の女子でもなく、ただ佐藤一と南野千夏という二人の恋人同士だった。




