6話
「ちょっとお母さん! 何言ってるのよ!?」
千夏の声が病室に響く。ここが個室で良かったが、扉の外にも声が漏れることを僕は知っていた。
ただ、今それを指摘する気にはなれない、なぜなら僕も同じ心境だから。
――――え?
「あら、だって貴女達無事に恋人同士になったんでしょう? なら何も問題ないじゃない」
「も、ん、だ、い、大有りよ! っていうか何でお母さんが乗り気でうちら二人が止めてるのよ? 普通逆でしょ!?」
「え? ハジメくんは良いわよねぇ? 千夏が、可愛い彼女が家に住んだら嬉しいわよねぇ」
千夏と涼夏さんがやり取りしている中で、当然のことながら僕にも飛び火が来る。
「……いや、それは勿論嫌ではありませんが。その、涼夏さん的には親としてそれで良いんですか?」
そう、嫌ではないのは勿論だが、その、ほらやっぱりね。
「……貴方達って、今どきの子の割には初心よね。まぁ良いことだけど。…………というかそもそもね、貴方達は恋人になって、私は退院したとしても、仕事で家に帰るのは遅くなっちゃうことが無いとは言えないし、しかも元々ハジメ君は一人暮らしでしょう? それだけ仲睦まじいのに、何もしないでいられるの?」
「…………」「…………」
びっくりするほど、ど直球でど正論だった。
確かに泊まろうが泊まるまいが、そういう事をしようと思ったら僕らに障害は無かった。あるとしたら僕の理性だけだった。
「いや……でも……」
「ほら、前は『ハジメくんとうちはそういう関係じゃ』とか言っていたけれど、今はもうそういう関係なんでしょう? ……後ね、真面目な話、あの人はまだ普通に家の鍵も持っているし、きちんと決着がつくまではね、流石に心配なのよ、貴女一人で家に居させるのが」
「お母さん……」
「その点、ハジメくんのお家は不特定多数が入り込めるわけじゃない住宅街の一軒家なのでしょう? 学校も近くて、一軒家であればきっとお部屋もあるのだと思うし……まぁ一緒の部屋に寝泊まりするというならそれも止めはしないけれど」
「……おかあさん?」
「あら怖い……で、どうなのかしら? 私側で近くに頼れる親戚がいるわけではないしね。勿論ビジネスホテルでとか、最悪学校をお休みにして遠方の親戚の家というのもあるのだけど、ホテル暮らしもそれはそれで心配だし、親戚の家も、貴方達せっかく恋人になったのに離れるのは嫌でしょう?」
涼夏さんがそう言って、僕の方にも顔を向けて尋ねてくる。
「なるほど、お話はわかりました。…………そうですね、実際、僕としても千夏さんを一人にさせるのはちょっと不安なところはありますし、一度マンションの方にも色々取りに行く必要はあるのだと思いますが、確かに部屋もあります。涼夏さん、保護者の承諾も得て、千夏も嫌ではないのであれば、有りかもしれないですね…………その、僕の理性という問題はありますが」
僕はそう答えた。
最後はちょっと小さな声過ぎて届かなかったかもしれない。
「ありがとう。で、千夏は? 貴女の大事な彼氏はこう言ってくれているけれど」
「…………うう、そう理由づけて言われると、もう何も言えないしそんなの、うちが、嫌なわけないじゃない……ハジメ、本当にいいの?」
そう言って、不安げに僕を見てくる千夏に、頷く。
「うん大丈夫……それに、美穂の部屋も使っていいし、客間もあるし、ご飯は元々一緒に食べてたんだし」
そう、これまでよりも、夜一緒に過ごす時間が少し多くて、朝も一緒に食べたりして、お風呂とかも…………いやいやそうじゃなくて、まぁ問題はないはずだった。
「じゃあ決まりね。食費は元々折半と言っていたけれど、それはうちが全部負担します。お金はこの後渡すけど、千夏、必要なものも買って足りなかったら後で請求してね」
涼夏さんがそう言って、僕らは頷いた。
こうして僕らは、終業式の日、涼夏さんが退院するその日まで、一緒に暮らすことになったのだった。
◇◆
少しだけ千夏と話があるから、とお母さんが言って、ハジメはじゃあちょっと知り合いに電話してきますね、と言って病室を出ていった。
正直急な展開に頭が追いつかない。
そうか、うち、今日からハジメの家に住むんだ。
現実味が無い中でぼーっとしていると、お母さんに呼ばれた。
「千夏、何ぼーっとしているの? 大丈夫?」
「……他人事みたいに、一体誰のせいだと思ってるのよ?」
「あらなぁに? 理解がある親だと感謝してくれてもいいくらいなのに」
「それは……っていや絶対違うでしょ? こないだからお母さんのイメージが変わってばかりだよ、もう」
「ふふ……いや、当たり前のことだけど、普通はこういう事を言いはしないわよ? ただ、相手がハジメくんであればね。言ったでしょう? 逃さないように頑張りなさいって……頑張ったのね」
「……ううん、うちは全然頑張ってないかも。全部、ハジメが助けてくれて、ハジメが抱きしめてくれて、ハジメが恋人になろうって言ってくれたから」
「あら…………まさか、この歳で娘の恋バナを聞かされて照れることがあるとは思わなかったわ。……ふふ、本当に、良かったわね、千夏」
そう言われて頭を撫でられた。
いつぶりだろうか。こんな風にお母さんに頭を撫でられるなんて。
思い出せないほど昔のことのようで、でも、どこか懐かしかった。
「さて、じゃあ最後に大事な話をしましょうか」
「うん、お父さんのこと? あ、それでハジメに外に」
「……え? 違うけど、それより大事なことがあるでしょう」
「…………?」
てっきり父親の事でまだ話があるのかと思っていたが、あっさり否定されて千夏は疑問符を浮かべる。
それに対して涼夏は厳かに言った。
「いい? 一緒に住むことも勧めたし、恋人同士ならいつかはそういうこともあると思うけれど、きちんと子供はできないようにするのよ? ハジメ君は誠実だし大人だけど、でもそういう方面は男の子だろうし…………」
予想していない話の内容に再度固まっている千夏に、真面目な話よ? とそう言って涼夏は続けた。
「いざという時のために……そうね、貴女元々そんなに重い方じゃないからきちんと行った事ないでしょうけど、ここ。そういう時でも大丈夫な女性の医師がいる婦人科のある病院の名前と、後はお金ね。まずは一度行って診察券とか作っておくようになさい」
そうして、千夏のスマホに病院のHPのリンクを送り、後、元々用意していたのか結構なお金も手渡される。
千夏はといえば、話の内容は入っているのだが、まだ追いつかない感じで手渡されたお金を無意識に財布に入れた。
「まぁ、時代も動いているし、何もかもダメとは言わないけど、最低限高校、後は進む道をこれって決めてなければ、選択肢のために大学卒の資格くらいはあったほうが、まだいい時代だからね。そういう対処を男の人ばかりに任せちゃ駄目よ、きちんと自分の管理は自分でしなさい、わかったわね」
千夏にもそういう知識は流石にあった。勿論欲も無いとは言えないし、今朝もまた、こういう関係となったハジメといつかは、と思ったのも否めない。
でも、この流れは何か思っていたのと違う、そんな事を千夏が思ったのは決して間違ってはいないはずだった。
(どうしよう、この後ハジメの顔をまともに見れないかも)
そんな風に頭を抱えながら、やりきった感を見せる涼夏に見送られて、千夏もまた病室を後にするのだった。




