1話
「……ハジメ、おはよう」
「あ、今日は早いね、おはよう、千夏」
「うん、何だか早く目が覚めちゃって……朝ごはん、いつもありがとう。洗い物はうちがやるからね」
僕の家のリビングで、制服姿の僕と千夏はそんな会話を交わす。
千夏からのおはようにも、少しだけ慣れた。
でも、慣れたからと言って、可愛いと思わなくなるわけでは全くなくて、やはり僕は朝の最初に見るのが千夏の笑顔であるのにドキドキしてしまう。
僕達の関係が変わったあの日から、一月が経過していた。
出会った頃には色付いていた木々もその葉を散らし、世の中の木々は別の、イルミネーションと呼ばれる彩りで飾られる季節となっている。
今日は、僕らの高校の二学期が終わる日。
そして、後数日で、世の恋人達が祝い合う一日がやってくるのだった。
この一月で色んな大事なことがあった。
様々な話し合いがあった。
でもそれらを語る前に、最も大事な事をここに記しておこうと思う。
高校一年生の冬、恋人と同じ屋根の下で過ごす僕はまだ、清い身体のままです。
◇◆
あの日、僕らは泥のように、毛布に包まって寄り添うようにしてリビングで眠った。
お互いの匂いに包まれるようにして、朝になって、僕は、彼女に当たり前のようにキスをした。
実は内心、千夏の寝起きの顔にドキドキしたり、寝起きの口臭が相手に伝わらないかとか考えていたりしていたのだけど、恋人になったことが夢じゃないと、そう思えるために、自然を装ってした。
そして、何だか物凄く幸せそうな顔で、にへら、と笑って毛布で口元を隠すようにする千夏が眩しすぎて、僕は、惚れた方が負けというアドバイスは、恋人になってからも継続するものだと知った。
幸せに浸っていると、僕の身体から、空腹を訴えている音がする。千夏を見ると音が聞こえたようで、顔を見合わせてちょっと二人で笑いあう。時計を見ると、思ったより早い、まだきちんと朝と呼べる時間帯だった。
「お腹空いたね、ちょっとパンでも焼くよ」
僕はそう言って立ち上がった。
「じゃあうち、珈琲淹れる……あ、でも少し髪整えたりもしたいかも、服とか化粧品とかは、地味モード用の置かせてもらってるのがあるんだけど……その」
千夏もまた、同じように立ち上がり、ふと自分の服と髪を気にするようにして、おずおずと言った。
それに僕は首を振って告げる。
「朝の用意は僕がするよ。千夏は、コンビニとかで買えるものがあれば買って来るといい。流石に家に戻るのは、お父さんがまだいるかもだし」
「うん、いつもありがとう、ハジメ」
千夏がひとまず必要なものを買い揃えて戻ってくる頃には、簡単な朝食はできていた。
いつもの用意に加えて、食べる方のテーブルに二人分の食器を用意する。
「ただいま、ちょっと着替えてもいいかな?」
キッチンで用意している僕に、千夏からの声がかかった。
「おかえり、千夏。いいよ、二階の、僕の部屋じゃない方を好きに使って……美穂の、妹の部屋だったんだけど、綺麗にはしてあるからさ」
「あ……うん、使わせてもらうね…………えへへ、それともここで着替えて欲しい?」
僕の言葉に、千夏は、ちょっとだけ詰まった後、頷いて、そして悪戯のような顔をしてそう言った。
何気ないようにして耳の赤さは隠せていない。めちゃくちゃ可愛かった。僕の彼女は可愛い。
「……うんって言いそうになるけど良いの?」
「……まだ、ダメ」
やられてばかりの僕じゃないんだぞ、とちょっとばかり仕返しにそういうと、更に照れたようにそんな事を言うものだから、僕はうっかり手元が狂って火傷しそうになった。
――――そうですか、まだ、ダメですか。
その後、着替えて降りてきた千夏と二人で朝食を取った。
トーストにバター、流石にそれだけでは味気ないかなと簡単にオムレツと、後は残っていたハム、サラダはレタスが少し残っていたものをちぎって添えたものだ。
我ながら、とりあえずにしては休日の朝食っぽかった。
そんな事を思っていると、
「やばいんですけど、日曜日の朝って感じのご飯を作ってくれる彼氏……」
千夏がしみじみと、でも、おそらく僕に聞かせようと思ってではなさそうにポツリ、と小さな声で呟くのに、反射のように、いつでも作ってあげる、と思う僕はもうダメなのかもしれなかった。
先日のことが嘘のように、穏やかな、幸せの匂いがする朝だった。




