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2話


 公園を出て、坂の道路を少し登ったところを右に折れた細い道沿い。

 量産型、というと言い方が悪いけど、同じ設計でまとめて建設されたんですね、とわかるような住宅街の一角に僕の家はあった。


 庭はなく、玄関脇の今は車の止まっていない駐車場には、僕の自転車がぽつんと止まっている。

 4LDKで、一つ一つの部屋は広くはないけど、家族のそれぞれのプライベートスペースは確保したぞ、と父さんが言っていた。

 住宅見学と言う名のデートに行った両親が値段と間取りに一目惚れしたせいで、中学三年という中途半端すぎる時期に引っ越す事となり、部活も受験もあり転校したくなかった僕が、電車で行ける範囲だったから何とか通い続けることができたのは、当時はちょっとした笑い話だった。


「ちょっとだけ待っててね、ってか家の前に立っててもらうのも悪いから入ってる? 早く連れて行ってあげたいし、財布取るだけでもいいんだけど、流石に走るわけじゃないなら上着も羽織りたい」


「あ、じゃあ玄関で待たせてもらうよ、そういえば預かる話って親御さんにはしなくていいの? 私も挨拶くらいしたほうが良いかな?」


「大丈夫。後、今は僕しかいないから気も遣わなくていいよ」


「なるほど、親の居ない家に女の子をさり気なく連れ込むとは、これはますます佐藤くんのイメージが変わりますなぁ。優しい上に色男かな、それとも真面目そうに見せかけてチャラ男なのかな?」


「まさかのイメージダウンで笑う」


 そんな話をしながら鍵を開けて入り、南野さんを迎え入れる。

 お邪魔しまーす、と言いつつキョロキョロと見渡す南野さんを玄関に待たせて、僕は足早に二階に上がった。

 玄関を入ってすぐの階段を上がって左側、そこが僕の部屋だ。


 帰ってきて脱いだ制服と、財布が床に落ちているのを見て拾って、さっと上着を羽織って降りていくと、玄関に腰掛けて、もうすぐ元気になるからねー、と子猫に話しかけている美少女がいた。


(これは人気が出るのもわかるな)


 何というか、可愛いだけではなく愛嬌があるというか。

 それに間合いの取り方がうまいのだろう、不快ではないが他人行儀でもない、そんなパーソナルスペースの距離を保ってくれている気がした。

 ただ、ちょっとした()()()はあったが、それが何なのかわからない。


(まぁいいか、ほぼ初対面みたいなものだしな)


「ごめん、待たせたね、行こうか。南野さんは寒くない?」


 冬には遠いとは言え、日が暮れると肌寒くもなってきた。

 そんな中、短めのスカートで寒くはないのだろうか、座っている彼女を見て、ふと聞いてみる。


「ん? 寒くても大丈夫、この方が可愛いし」


 片手で子猫を抱きながら、僕の視線の先でぴらっとスカートの裾を持つ南野さん。

 流石に目が泳ぐと、ふふっと笑って言う。


「大丈夫だよ、中にショートレギンスも履いてるから」


「いや、それが何なのかわからないけど直視する勇気はないから」


「紳士だね、それともヘタレ?」


「前者を希望する」


 そんな事を言いながら、外に出て、鍵を閉める。

 左腕に付けた時計を見る。


 16時半。日が落ちるにはまだ時間はあるが、その後のことも考えたら急いでおきたい。

 

「行こう、こっちから駅の方に歩いていく途中にあるはずだから」



 ◇◆



「めっちゃ学校から近くて羨ましいね、家。うちも遠いわけじゃないけど、電車乗らないとだからなぁ」


「あぁ、家から近いとこを受けたから。ここまで近いのは運が良かったけど。南野さんは電車通学なんだね」


「そ、豊田(ここ)から2駅、西八(にしはち)から歩いてすぐだね、遠くはないけど、佐藤くんの家くらい近ければ、朝もっと寝れていいなぁって」


「そんなイメージはなかったけど、朝弱いの?」


「違うよ、お弁当とか作って、メイクとか色々あるのよ、女子的には」


 手を伸ばせば届く程度の、でも程よい距離感で、僕と南野さんは歩いていた。

 僕らの前では、手を繋いだ中学生くらいだろうカップルが制服姿で歩いているのが見える。


 学校からの直接駅に向かうルートとは違うため、同じ高校の制服はほとんど居ないがゼロではない。人気者の彼女が、男と歩いていたとなったら噂が飛び交いそうだな、僕はそんな事を思って、ふと質問する。


「他意はないんだけど、僕なんかと二人で歩いてて大丈夫なんだっけ? ほら、彼氏とか」


「残念ながらうちに彼氏はいませんー、まぁキミが気にしてくれてることもわかるけど、大丈夫だよ、黄昏時(誰そ彼どき)だし、佐藤くんは制服でもないし」


「そっか、ならいいんだけど」


「ふーん、それにしても流れるようにうちに彼氏が居ない情報を得るとは中々やるね、その情報を得て佐藤くんはどうするつもりなのかな?」


「いや、自白まで相当早かったけど」


「くっ……私の情報は渡しても、どんな脅しを受けてもこの子は渡さないからね」


「急に何のシチュエーションなのさ、まぁ、その子を助けるための軍資金おろしてくるからいい子にしててね」


 会話をしているうちに到着したコンビニのATMに向かって、財布からキャッシュカードを取り出してお金を下ろした。手数料を取られるが仕方ない。獣医さんは現金ニコニコ払いだけなのだ。


「とりあえず3万くらいあればいいかな」


 バイトをしているのもあるし、色々と教えを受けながらそれなりに稼ぎはある。

 道すがらに調べてみたところ、点滴の静脈注射やもしかしたら予防接種などは、それぞれ数千円程度だった。後は猫を置くための諸々も購入することを考えると、その程度持っておいたほうが良いだろう。

 

(選択肢、か。確かにその通りだね、叔父さん)


『お前の気持ちはわかる。でもお金に綺麗も汚いも無い。選択肢を狭めないためにも、自由を得るためにも、きちんと学びなさい』


 僕に色々教えてくれている、恩人に言われている言葉。

 割りと突発的に行動してるが、考えて獣医に連れて行こうと思っても、確かに先立つものがないとできないのを思うと、今更ながらに言われていたことに腑に落ちる。

 そう思えるようになった程度には、時間が過ぎた。


 機械音を立てながら、お金が出てくるのを待っている間にそんな事を考えていると、お金とカードと明細が出てきた。

 財布にお金を入れて顔をあげ、窓の外を見ると、南野さんがどこか所在なさげにしているのが見える。夕日の中、黒髪の美少女が、白猫を抱いて佇んでいるのは、ガラス越しなのもあってか、まるで一枚の絵のようだった。


「あぁ、なるほど、わかった」


 先程から感じていた違和感の正体に気づいて、少し考えると、僕は外に出た。


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