1話
『(南野)今日、クレープ食べに行かない?』
僕のスマホに南野からそんなメッセージが入ったのは、あれから二日後、月曜日の放課後、帰る準備をしている時の事だった。それに対して僕はすぐに、行きたいと返す。
南野は、自分の机でスマホを眺めながらも、明るい声で部活に向かう他の女子や男子達に挨拶を交わしていた。
何ともヘタレな事に、僕は南野に対して、あれは何だったのかを聞くことができないままでいた。
日曜日も、何度もメッセージを打とうとしては、アプリを閉じるということを繰り返していた。僕の親指は、いつの間にか送信ボタンを押せない病にかかっているようだった。
そして、南野からの連絡もまた、来ることは無かった。
僕は、僕と南野が今どういう関係なのか、わかっていなかった。
朝、同じクラスで顔を合わせた南野は、何も無いような顔で挨拶をして、いつものように女子グループで会話をしていた。先週までは、ふと周りに気づかれぬ間隙を縫うようにして目配せをしてきたりしていたが、その日に限っては、僕に視線を向けることは一切なかった。
嫌われたとは思わなかった。そう思うには、流石にことがことであったし、その方向に思考が傾くと、どうしようもなく暗くなるのはもう十分すぎるほどわかっている。
日曜日のたった一日だけで、僕のグーグルの履歴には、「キス 何故」とか「キスの後 会話」とか、もう見返すと我ながら居たたまれなくなるような文言が踊っていた。
『(南野)私服に着替えたら、西八の改札先のコンビニの前で待ち合わせで』
ブブ、という通知に
『(佐藤)了解』
そう即座に返す。
自分から送るのには躊躇うのに、返信はすぐにできるのがまた、僕のヘタレ具合をまざまざと表しているように思えてならなかった。
◇◆
南野の家がある駅前の、唯一全国に存在するというコンビニに、僕は家で着替えてから来ていた。
南野も家を出たと言っていたので、もしかしたら来ているかもしれない。そんな事を思いながら店内を見たが、それらしい人影は無かった。
放課後とはいえ、シロの事以外で南野と僕が一緒に外に出かけるのは、ストリートバスケに連れて行った以外では初めてのことだった。
(……これって、デート、だよね)
土曜日に金崎に会ったことも、その後の南野の言葉も、僕の独白も、きちんと僕に刻みつけられている。
でも、その全てを上書きして余りあるほど、僕の脳内は南野に支配されていた。
そんな事を思っていたからだろうか、ふと南野の香りがした気がした。
あたりを見渡したが、近くにいるのは、サラリーマンらしき男性と、自転車から降りた小学生の男子二人、そして、メガネにお下げ頭の女子高生だけだった。
流石に、南野のことを考えすぎて、その匂いを感じるというのはどうなのだろうか、とちょっと僕は自分に対して引いた。
ただ、中々僕の脳は、その香りを忘れてくれないようだった。
(…………ん?)
違和感を覚えて、僕は改めて周りを見た。
やはり南野はいないように見えたが、先程のサラリーマンと小学生の姿は消えていた。
そして、相変わらずお下げの女子高生らしき女の子がスマホを見ながら立っている。
「南野?」
何故だろう。僕の口はその名前を呼んでいた。
すると、その女の子がびくっと肩を震わせて下を向いた。
「…………ぷくく、よくわかったね」
こらえきれない、というように、笑った南野の声が聞こえた。
「……え?」
僕はまじまじと、僕の方にきちんと顔を向けたその女の子を見た。
よく観察すると、眼鏡の奥の瞳には見覚えがある。
髪型も服装も、雰囲気すらも変えて、南野がそこにいた。
「や、土曜日ぶり…………でもないか、学校で会ったもんね」
「本当に、南野なのか? その格好、それに眼鏡も髪型も」
僕が愕然としたように言うと、南野は少し不満げな顔を見せる。
「えー、そこで確認しちゃう? いやー、これさ、学校の駅うろついても全く知り合いにも気づかれないから結構自信あった変装なんだけどさ。…………正直、佐藤なら気づいてくれるかな、って思ってたら本当に気づいてくれたから乙女的には正直嬉しかったんだけどなー」
えへへ、とでも言うように見慣れない容姿で笑う姿は、確かに南野だった。
僕は即座に、匂いで身体が勝手に見抜いたということは墓まで持っていくことに決めた。
「いや、流石にちょっと驚いてさ。南野って目悪かったっけ? ってかメイクなの? 流石にちょっとびっくりなんだけど」
「ふふふ、まぁ、まずはクレープ食べに行こうよ。ほら、こっち」
そう言って南野は、僕の手をさっと取って歩き始めた。
僕の心臓が活発になるのとは裏腹に、南野は自然体のようにしか見えなくて、僕はますますわからなくなる。
でも、外見は変わっても、その手の感触は先日手を引かれた温もりそのままで、僕は、心臓が高鳴りながら落ち着いた心境になるという複雑そのものといった感覚を初めて味わうこととなった。
日が落ちるのが早くなったとは言え、夕陽にはまだ早いはずの太陽が、僕の頬を優しく赤く照らしてくれていた。




