11話
放課後のやり取りを聞いてしまった翌日の土曜日、昼過ぎにメッセージを送ってきた南野は、勝手知ったると言う感じでリビングに上がり込んできていた。
実は、休みの日にやってくるのは初めての事だった。
シロと一時的に名付けられた子猫は寝ている。
というか殆どの時間を寝て過ごしているように見えた。
一体子猫というものはこんなにも眠るものなのだろうか? 時折心配になって覗き込むと、気配を察したように面倒そうに目を開けて、グルグルと喉を鳴らす。
ニャーオと鳴くよりも、喉を鳴らすほうが多いことを、僕は初めて知った。
勉強しているときも、ご飯を食べているときも、ゲームをしているときも、基本的にシロは寝ていた。
つまり、南野がいる時間帯もまた、ほとんどは僕と南野だけの時間であるということだった。
でも、不思議とそれを苦痛と思うことも、違和感に思うこともなかった。
少し考えたんだけどさ、と彼女が言った。
目は画面から離さないままだ。30年以上続く、遭難に愛された赤髪の主人公が剣を持って戦うアクションRPGだ。僕は一度クリアしたけど、見つけた南野が興味を持ってやり始めている。
シリーズの8作目、僕が一番好きな作品を南野がやっているのを見ているのは、意外と楽しかった。
「うちと佐藤は友達だよね?」
「……そのつもりだけど?」
「うん、良かった。なのにうちだけ、秘密と本音を明かしてる気がするわけです」
「いや、そんなことないと思うんだけど」
何となく、何故そんな事を言いだしたのかがわかった僕は、少しいたたまれない気持ちになって頭をかいた。
「じー」
「ジト目の擬音だけで、目はゲームにガッツリ集中なの笑う」
多分、こうして冗談交じりででも我儘を言うのは南野にとって勇気がいることで。
「うちは中学の頃の恥部もさらけ出したのにさ、佐藤は全然心開いてくれてない気がする」
「あぁ、つまり僕のことがもっと知りたいと、なるほどそれは愛ってやつだね、とうとう僕にもモテ期が来たのか」
「おいちょうしにのるなよ? ……いや、でもまぁもう少し佐藤のこと知りたいなーって言うのは間違ってないけどさ」
「…………」
「ちょっと、黙んないでよ」
「急に素直にデレられるとちょっと吃る」
軽いノリのような口調で、どこまでだったら大丈夫かをそっと、撫でるように探ってくる。
それに対して、僕も適当なノリを装って、大丈夫何でも無いよって答える。
そんなジャブのようなやり取りの後、少しばかり安心するように本音を出してくるのが、この数日の南野という少女だった。
「だってずるいじゃん」
「ずるい?」
「うちの事は結構知られたのにさ、うちは佐藤の事で知ってることってあんまないなーって」
「僕の名前は佐藤一。どういうわけか同じ高校の別のクラスに完璧超人イケメンの同姓同名がいる。一人暮らし、居酒屋でバイトしてる。最近クラスでも人気者の女の子が家に来るようになった」
「最後だけ聞くと勝ち組だね。ってそうじゃなくて、しかも今の情報の中にうち的な新情報無いし!」
そこまで言って、画面をPAUSEにして、南野が振り向いてこちらを見た。
「あのさ」
「何?」
こちらを向かれたので、僕もながら見していたスマホを置いて、答える。
「とある筋から仕入れたんだけど、佐藤ってバスケやってたの?」
とある筋どころか、教室で何があったのかも、それに対して南野がどう反応してくれたのかも知っている身からすると非常に困りつつも、僕は頷いた。
それが却って急な質問に困惑しているように見えたのか、南野が慌てて言う。
「いやさ、隠しておきたいこととかなら良くてさ、ただ、何でやめちゃったのかな、とか気になったりなんかしちゃったりしないでもないというか。そういうの、全然言ってくれなかったし」
どっちだよ。
あれだけ教室では格好良かった南野が、何だかあたふたしているのが可愛かった。
「聞かれてないのに、僕って実は中学はバスケやってたんだ、ってならないでしょ」
「じゃあ、うちが聞いたら答えてくれてた?」
「あぁ、答えてたよ」
「…………あのさ、何でやめちゃったの?」
「あー、いや、続けてるよ」
「え?」
呆けたような顔をする南野に、説明する。
多分、事情があって辞めたんだと思われてるだろうから。
「バスケ、ちゃんと続けてる。確かにバイトが優先で部活として毎日はできなくなったから帰宅部だけどさ、部活だけがバスケってわけじゃないから。――――バイト先の先輩とかから紹介されて、週2回位は社会人とか大学生の人に混じって、ストリートでバスケやってる」
南野の顔が、ぽかんとした顔から、面白そうな物を見つけたときのように、眩しいほどの笑顔に変わって、そして言った。
「見たい」
「え?」
今度は僕がぽかんとする番だった。
「だから、うち、佐藤がバスケしてるとこ、見てみたい。なんか想像つかないし、ストリートバスケってのも見たことない」
南野のそれがあまりにも真っ直ぐな目で言うものだから。
「あー、えっと。今日は行かないって連絡するつもりだったけど……じゃあ、見に来てみる? 今日、17時からだけど。後、つまらなくても文句言わないでよ?」
「行く」
僕はそう言って、何故か学外のコミュニティに南野を連れて行くことになったのだった。
あまり気にしないようにしたけど、少しだけ、自分がバスケしている場所に女の子を連れて行くなんて、そういう関係みたいだと思った。




