98 休日『ゴーレム農家の人の動画鑑賞』1
休日。
それは日々の労働に精神と肉体をすり減らしている社会人の唯一の安息日。
朝の通勤電車の憂鬱から解放され、昼過ぎまで寝ていても誰に怒られることもない日。
いや、実家に居たら母親に普通に怒られていたが、それも過去の話。
一人暮らしの今、誰もドラ子を怒ることはないのだ。
「……おはようございます。私」
そして、しょぼしょぼとする目を擦りながらドラ子が目を覚ました時間は、昼の13時過ぎだった。
目に映るのは、ろくに保証人も用意できなかったドラ子がなんとか手に入れた、最近ようやく見慣れて来たアパートの天井である。
風呂トイレ付き、会社までは多少遠いが家賃が安い。セキュリティはもはやセキュリティ(笑)ってレベルだが、そこはドラゴンなので問題ない。
生きるために必要なものは最低限ちゃんと揃っている、ドラ子の城である。
そんな狭い家の中でしばらくぼんやりとしながら、昨日のことを思い出す。
昨日は就業時間が終わったあと、メガネ先輩に晩飯をたかろうとしたがすげなく断られ、仕方なくスーパーで弁当と弁当と総菜と食料とおつまみと保存食とおやつと、酒と酒と酒を買って帰って来たのだ。
多分母親に知られたら100%小言を言われるラインナップであったが、知った事ではなかった。一応サラダも買ったし。
そして、週末の解放感からウキウキで飯と酒を喰らい、適当なアニメを流しながら眠くなったら寝たのだ。
「なんという最強の週末……」
母親に知られたら120%小言を言われる以下略。
「ま、今の私は休日に仕事を持ち帰ってしまうような、模範的な社会人なんでセーフですね」
と、誰に言い訳するでもなくドラ子は言って、とりあえず空っぽになったお腹を満たすために冷蔵庫を開けるのだった。(基本的には酒とつまみしか入ってない)
「さて、昼間から酒を呑んでも許される休日ですが、流石にね?」
そしてカップ麺と漬け物という一応健康に気を使った?組み合わせのブランチを食べ終え、ドラ子は言いながらおやつとジュースをドンと広げてパソコンを開く。
休日なのだから、まぁ、この程度の自由裁量は許されるだろう。
「やることを確認しましょう。お問い合わせ内容は……ぶっちゃけ良く覚えてないですが、とりあえずイビルミントの駆除に役立つ情報を手に入れれば良いんです。そして、Solomonの機能で雑草を駆除する動画を上げている人がいるみたいなので、それを参考にすれば良いのです。うん。大丈夫」
呟きながら、ドラ子はパソコンの検索エンジンに『ゴーレム農家の人』『雑草処理』と打ち込んでみる。
ゴーレム農家の人は本当に界隈で有名だったのか、即座にいくつかの動画がヒットした。
その大半は、Dtubeという主にダンジョン関連の動画を扱う投稿サイトに投稿されており、彼は動画をアップして広告収入などを得ているようだ。
Solomonは基本無料であるが、保守サポートを受けるなら契約が必要になる。その分を払える程度には、儲けていることであろう。
「…………」
一瞬だけ、自分も楽して金が欲しいなぁ、という衝動にかられたドラ子であるが、それをなんとか飲み込んで、動画の見当を付ける。
タイトルからして、恐らくこれだろうというものは見つかった。
「投稿日は古い上に、あまり再生数も伸びてないや」
タイトルはシンプルに『ダンジョンでの雑草処理』といった感じ。
動画の再生回数を見ても、他のメイン級の動画に比べて一桁──いや二桁ほど低い。
まぁ、さもありなん。
だって、タイトルからしてつまんなそうなんだもん。
これよりよほど『友人の作った地下百階のダンジョンからひのきの棒で脱出する』とかいう動画の方が面白そうだもん。
他にも『ゴーレム百体集めて動く畑を作る』とかの方が気になるもん。
「まだ土曜日だし、時間は……いくらでもある、よね?」
そしてドラ子は考え直す。
この雑草処理の動画なんかは、それこそ二十分程度の単発である。
逆に、地下からの脱出はパートが100以上続いている大作だ。
そう。これはあくまで、準備運動のようなものだ。
恐らく、このゴーレム農家の人の動画を見て行く上で、まずこの人のスタイルを知っておいた方が良い。
その方が、雑草処理の動画もすっと内容が入ってくるかもしれない。
決して、雑草処理より地下からの脱出の方が面白そうで、気になっているとかではない。
あくまで、仕事のうちである。
「よし、じゃあ見るか」
そしてドラ子は、とりあえず雑草処理の動画を別タブで開いておいたあとに、地下からの脱出の動画のパート1を探して再生を開始した。
──────
『はじめましての方ははじめまして。ロックと申します。今日は、タイトル通り、自分の性格の悪い友人が作った、地下百階のダンジョンにひのきの棒で挑戦したいと思います』
「思ったよりイケメンじゃん」
ドラ子はポテトチップスをポリポリとつまみながら動画主への感想を零す。
ちらりと動画に付いているタグやコメントを流し見すれば、この動画のシリーズがゴーレム農家の人がゴーレム農家の人と呼ばれるようになった原点の原点らしい。
それは、ちょっと楽しみだ。
ちなみにSolomonでは、設定すれば会話ログと同じように、映像を残す機能も搭載されているので、ダンジョンでの動画を撮るのはそう難しいことではなかったりする。
画角に拘るのならば、専門のカメラマンを雇うべきだろうが。
『タイトルでほぼ語り終えていますが、改めてルールを説明したいと思います』
そして、ゴーレム農家の人が動画の趣旨を説明していく。
ルールその1 ダンジョンはアバター再生成式の限定ダンジョン。ステータスは貧弱一般人に設定。
ルールその2 スタート地点は地下百階。
ルールその3 持ち込めるものはひのきの棒一本のみ。
ルールその4 その他のアイテムは全て現地調達。
ルールその5 死んだらスタート地点からやり直し。
ルールその6 諦めない。
「最後が切実すぎる」
そのルール説明に対してもコメントが残っており『ドMのプロ』とか『勇者よりも酷い労働環境』とか『地下で食料とかどうすんの?』と言った声が上がっている。
ドラ子もそう思う。
だが、ゴーレム農家の人は楽しそうだった。
『それでは、希望の未来へレッツゴー!』
「どう見ても絶望の未来なんだよなぁ」
ドラ子自身も口でツッコミを入れながら、ポリポリとお菓子が進む。
動画では、先日魔王城で見たような転移魔法陣の上に立ち、軽く説明をするゴーレム農家の人。
『まぁ、僕も流石にダンジョンサバイバル系の動画は結構見てきましたし、その覚悟も積んできました。なのでその辺の雑草の食べ方とか、ゴブリン肉の食べ方とかまで学習済みです。安心してください』
これから挑む冒険への余裕を見せるゴーレム農家の人。
そして転移魔法陣を起動したのちに、そこに現れたのは草一つ生えない石畳の、ダンジョンらしいダンジョンあった。
その石の小部屋の様子を確認したゴーレム農家の人は、一つ頷く。
『はい。今僕が事前に覚えて来た植物の知識が死にました』
「ぷふっ」
朗らかに絶望の表情を浮かべるゴーレム農家の人がツボに入ったドラ子だった。
しかし、ゴーレム農家の人は早々に植物のことを諦めて探索に入る。
『とはいえ、流石に食料がゼロということはないでしょう。やってやりますよ僕は。ゴブリンを生で食べる方法まで勉強済みです』
いやー、焼いてあってもゴブリンはキツイでしょ。
ドラ子はレッサーゴブリンくんの顔を思い浮かべながらそう思った。
別に食べようと思えば、ドラゴンなので食べられないことはないが、不味いものを好んで食べる趣味はない。
なにより倫理的に無理である。生理的にも無理だ。
そうこうしている内に、慣れた様子でダンジョンを探索していたひのきの棒の勇者が、ついに敵と遭遇する。
『はい。スケルトンとゾンビの群れです。ゴブリンの食べ方の知識も死にました』
「んふふっ」
ゴーレム農家の人は、淡々とした口調でさらに絶望的な表情を浮かべた。
ステータスが低くなったこともあって、ひのきの棒一本で大いに苦戦しながら、なんとかモンスターの群れを倒したゴーレム農家の人は、戦闘終了と共に大きく息を吐く。
『まぁ、初回の戦闘はこんなものでしたが、もう少し食料を探してみましょう』
戦闘で多少の鬱憤を晴らせたのか、淡々とした顔に戻ったゴーレム農家の人が、くまなくダンジョンを探索しはじめる。
のだが、相変わらず地面にはコケの一つも生えていないし、出てくるモンスターはスケルトンとゾンビだった。
そうして、ぱっと見ではやや腐り方がマイルドなゾンビの群れを倒したところで、てれってってーという間の抜けたファンファーレが鳴り、ダンジョンから声がする。
【勇者はレベルが上がった。力が3上がった。賢さが1上がった。防御が2上がった。素早さが2上がった。満腹度が10下がった】
そのアナウンスの後に、ゴーレム農家の人は、持っていたひのきの棒を地面に叩き付けて虚空に向かって叫んだ。
「M(ダンジョン制作者)! M(ダンジョン制作者)! 出て来いてめえこらぁ! てめーふざけんな!! マジでっ!! 飯くらいマトモに喰わせろ!! 死ぬってマジで!! 最初はウサギとかだろ普通!」
流石のゴーレム農家の人も、レベルアップで更に腹が減るとは思って無かったようだ。
そして口調は渾身の叫びなのだが、相変わらず淡々としているのでそれが妙にシュールでちょっと面白かった。
なお、コメントは少しも心配した様子を見せておらず『Mはお前定期』『M(実際はS)定期』『まだ狩猟民族だったころ』『まだ農耕民族になる前だから気性が荒い』と言った、少し未来を知っているような内容が多かった。
それからも探索を続けるが、一向にスケルトンとゾンビ以外が出てくる気配はなく、ついに地下百階から99階に上がる階段を発見する。
そして、その前で陣取っていたのは、鎧を着たスケルトンであった。
敵の様子を捉えたゴーレム農家の人は、番人に挑む前に軽く視聴者に説明する。
『えー、ようやく上に繋がる階段を見つけはしましたが、現在、探索と戦闘と度重なるレベルアップにより飢餓寸前です。また、ひのきの棒も限界に近いです。ただ手元にはなんの食料も──』
なんの食料もありません、と答える寸前で、ゴーレム農家の人は、さきほど倒したちょっとフレッシュなゾンビを見やる。
『──ギリ、いけるか?』
「いやいけないでしょ」
真顔で言うので、ドラ子も思わず突っ込んだが、コメントの内容に少し目を疑った。
いわく『まだゾンビ食に抵抗があった頃』『まだスケルトンをふりかけにしてなかった頃』『まだゾンビの味を知らなかった頃』『まだ心が綺麗だった頃』『まだ野菜のありがたみを知らなかった頃』『※彼は特別な訓練を受けています』『※絶対に真似しないでください』etc……。
え、と思っているドラ子の前で、ゴーレム農家の人は、ついに決断した。
『…………死なば諸共。こいつらが元人間じゃなくて、なんかそれっぽく作られた魔物ってことは知ってるんだ。だから大丈夫』
「だいじょばないです」
『いただきます』
「うわあ」
意を決してゴーレム農家の人は、まだフレッシュな感じのあるゾンビを頬張り、そして──。
『うぉえぇ──
【現在。大変お見苦しいシーンのためカットしております】
と、後から編集したらしいテロップ。
『はい。実は一度死ぬと満腹度はリセットされるんですね。アバター再生成式のダンジョンで良かったです。そろそろカットするのでまた次回ご視聴ください』
と何事も無かったかのように、番人の前で挨拶をするゴーレム農家の人のシーンで、パート1は終わりを迎えた。
そのパート1を試聴し終えたあと、ドラ子は用意していたジュースを飲み干し、頷いた。
「──とりあえず、続きを見てから判断しよう」
と、このシリーズが面白いのかの判断を保留にしつつ、別タブの動画をチラッと気にしながらパート2をクリックするのであった。
次回、動画の内容はダイジェストでお送りします。
果たしてドラ子は、無事に目的の動画を覚えていられるのか!




