94 お問い合わせ『Solomonを面接に使いたい』4
「そしてもう一つのオススメは『特定のアライメントじゃないと通れない扉』だな」
「アライメント……?」
多分知らないだろうなぁ、と思いつつ話したメガネだったが、やはりドラ子は知らなかった。
ただ、これに関しては、ダンジョンと微妙に関連する話とはいえ、直接関連する話ではないのだから責めることでもない。
「アライメントってのは、直訳すれば整列とか一列に並べるとか、調整とか協力とかそういった意味なんだが、これがダンジョン──というよりは冒険者とかキャラクター的な界隈に入ると違った意味になる」
「と言いますと?」
「炎とか水とかとはまた違った観点の『属性』だな」
「…………?」
「戦闘に関係する属性じゃなくて、その人間だったりモンスターだったりの『性質』を表す『属性』の方だ。人間限定で言うならば『人となり』とか『性格』と言い換えても良いだろう」
想像通りピンと来ていないドラ子に対して、メガネはメモ帳にささっと十字を書く。
そして十字の縦軸の頂点にそれぞれ『善』と『悪』。横軸の頂点に『秩序』と『混沌』と記し、中央に『中立』と書いた。
「この十字が示すように、善と悪、秩序と混沌が対になっていて真ん中は中立。適当なところに点を置いて『秩序・善』とか『中立・悪』といった形式で性格を表すんだ。もちろん、これはSolomonで採用されている指標であって、これらの属性がワールドスタンダードってわけじゃないんだが、とりあえずSolomonではこうだ」
「Solomonにこんな訳の分からん指標あったんですか」
「基本は使わないがな」
訳の分からない指標とは言うが、一部の界隈では知られたものである。
まず、善と悪の二つに関しては特に説明は要らないだろう。
その人間が何かの判断に迫られたときに、善性に基づいた行動を取るか、悪性に偏った行動を取るか、場合に依って善悪どちらの手段も選ぶかなどで、善、悪、中立という大まかな三つに分けられる。
秩序と混沌については、ざっくりと言えば社会性をどれだけ重んじるかといった感じだろうか。
たとえば、とあるグループがリーダーの指示のもとに間違った方に進んでいると気付いたとする。
その時に、グループを助けるためにどうにか正しい方向に向かわせようとする行為は『善』と言えるだろう。
ただ、その方法として、グループ内で正しく支持を集め、皆に選ばれた新たなリーダーになって正しい方向に導こうとするならば、それは秩序を重んじている。
逆に、方向を決めているリーダーを、手段を選ばずに排除して、間違った方向に向かっている状態をなんとかしようとするならば、混沌寄りの性質となる。
もちろん、これはあくまで一例であって、こんな乱暴に属性を決めることは難しいが、大まかなイメージで言えば、秩序を重んじる人は利他的な性格となるし、混沌──言い換えれば自由を重んじる人は利己的な性格と言えるかもしれない。
「そういう感じなんだが、理解できたか?」
「ふわっとなら」
と、アライメントに関する簡単なレクチャーを受けたドラ子は、少し悩んで言う。
「じゃあ、例えば先輩で言えばあれですよね」
「俺?」
そこでドラ子は、にんまりと生意気そうな笑みを浮かべる。
「先輩は人の作った術式やダンジョンといった、ルールの穴を突いて崩壊させるのが好きですし、やる事成す事が毎度毎度悪辣なので、アライメントに当てはめると『混沌・悪』ってことですよね」
「あ?」
安い挑発であった。
恐らく魔王城で起こったあれやこれを、特に説明もされずに突き放されたことに対する苛立ちから来た言葉であったのだろう。
それを十分に理解してから、メガネは返した。
「ドラ子は価値基準が己の私利私欲に固定されている上に、利益を得るためなら平気で他者を利用することに躊躇がないし、気に入らないルールは破壊しようとするテロリストに思い切り同調してたことを考えると『混沌・悪』が相応しいよな」
「は?」
メガネは言いながらドラ子を鼻で笑い、ドラ子は瞳孔を開いて目を剥いた。
空調の利いたビル内にあって、その周囲だけ温度が二度程上がったような、バチバチとしたオーラが感じられそうだ。
ちなみに秩序だから良いとか、混沌だから悪いとかそういった単純な見方ができるわけではないが、『混沌・悪』と言うと大体は物語の悪役とかそういった属性になる。
つまり『お前って性格悪いよな』という遠回しな罵倒であった。
なお、悪にも善にもよらず、気分によって秩序を守ったり破壊したりする『中立・中立』が、実は一番喧嘩っ早いという説もあるが、今は置いておこう。
そんな二人が睨み合っているところに、たまたまウォーターサーバーのお湯で、インスタントコーヒーを作りにきた白騎士が通りかかる。
彼女は、二人の並ならぬ様子に気付いたのか、そんな二人を宥めるように落ち着いた声で言う。
「あ、お二人とも、昨日は色々大変でしたがとても楽しかったです。良かったらまた遊びに行きましょうね」
色々と気になることはあるだろうに、この場ではニコニコと礼を言う白騎士に、ドラ子とメガネは完全に毒気を抜かれて、言った。
「「『秩序・善』」」
「な、何がですか?」
白騎士の戸惑いの表情に、一層気持ちを和ませる二人であった。
「さて、Solomonは、このアライメントに応じて扉を開く開かないの設定ができる。ここまでは良いな?」
白騎士がコーヒーを手に去って行ったのを見送って、メガネは話を戻した。
ドラ子はふむふむ、と何か分かった風に頷いた。
「つまりあれですね? 会社としては組織に従順で、言われた通りに動くだけの人間が欲しいわけですから、『秩序・善』とか『秩序・中立』とかの奴隷候補を通すようにすれば良いんですね?」
「言い方はめちゃくちゃ悪いけどその通りだ」
本当に言い方はめちゃくちゃ悪いけどその通りだった。
会社は組織だ。組織である以上は、秩序を保った運用が求められる。
めちゃくちゃ優秀であっても『混沌・悪』の者ばかりを採用しては、すぐに会社がバラバラになるのは目に見えている。
能力第一主義も良いが、現実的には必要十分な能力を持った、ある程度秩序を重んじる者が多数派であることが望ましいだろう。
「でも、そもそもどうやってSolomon側で人間の善悪とかを判定するんです? ダンジョン管理術式に人の心を読み取る機能なんてあります?」
「そんなものはない。だから、実際にやっているのはその人間の行動記録を読み込んだ上で、善悪とかにポイントを振って、数字的に判断することだ」
「……行動記録なんてどこから読み込むんです?」
「ギルドカードとか作ってる会社の術式流用して、その人間の過去の行動にアクセスする感じ」
また提携会社の術式を利用しているのだった。
しかし、今のご時世では一から十まで術式を自社開発しているところなんてほとんどないし、フリー術式を使うのも当たり前なので、仕方ないのである。
「だったら話は簡単ですね。このアライメントに応じて開く扉は設定するだけで良いんでしたら、それとなく説明して、勝手に設定してくれってことで」
アライメントがどうとか言われたときには、また難しい話が始まったのかと思ったが、術式の方で勝手に判定してくれるのなら大した問題はない。
そう考えたドラ子であったが、メガネは難病を告げる医師のように首を横に振った。
「それが、実はそう簡単な話でもない」
「…………」
ドラ子は、これ以上はお腹いっぱいであると必死で顔に出してみたが、メガネは構わず続けた。
「善悪や秩序混沌を分ける基準って、なんだと思う?」
「そりゃ…………なんなんでしょう?」
「正解は『社会や世界、組織や個人によって違う』だ」
「…………Solomonのデフォルト設定があるんですよね?」
「それはあくまでSolomonを作った所──すなわちウチの会社が適当に作った基準に過ぎない。だからアライメントを利用するなら、この基準を一から作るのが望ましい」
例えば、殺人という罪があったとしよう。
これが、人の命が尊い社会で、かつ蘇生魔法などが存在しない世界であれば、その罪の重さは計り知れないものになる。
だが、これがアバター再生成式の限定ダンジョン内で、かつ蘇生魔法を使えるものがそこら中にゴロゴロいる場合であれば、せいぜい重い状態異常を食らわせた程度の話になる。
極端な話で言えば、魔王城内であれば、殺人の罪よりも財布の窃盗の罪の方が重いと言っても良いくらいだろう。
そしてこういった差異は、同一世界内でさえ山のようにある。
ましてやSolomonは様々な異世界に提供されている術式である。
この会社の基準が顧客の居る世界の基準と完璧に合致するなどあるわけがない。
しかも、ダンジョンマスター、それもダンジョン面接なんてものを真剣に考える会社の人間だ。
まともな善悪の観念以前に、常識から疑って然るべきであろう。
「一番手っ取り早いのは、信じている宗教がある場合に、その宗教の戒律を読み込むことだな。ただ、基本的にダンジョンマスターが神にすがることってないからなぁ」
「主な顧客が神とか魔王とかですからね」
文明的かつ、もっともシンプルな善悪の基準は、宗教で『良い』とされているか『悪い』とされているかだ。
それを信じている人間にとっては問答無用の基準になるし、秩序と善がほぼ一致することになるので、二要素の性格分けも容易い。
ただし、Solomonの顧客層を考えると、あまり有効ではない。
「となると、確実なのは、アライメントの判断基準となる行動一つ一つに対して、ダンジョンの管理者が、基準を手作業で設定することなんだが」
「何が問題ですか?」
「大きいのから小さいのまで合わせれば、提携会社の術式が拾って来れる行動の項目数が億とかになるんだよな」
「ダンジョン面接諦めましょうか」
ドラ子の決断に、メガネは苦笑いをするしかなかった。
実際、最初からジョークで始まったダンジョン面接だ。
それを真面目に考えること自体が間違いだったと言うのも、あながち間違いじゃないかもしれない。
話を締めくくるように、メガネが言う。
「まあ、俺達が案内できるのは、ダンジョン面接を考えるならこういう機能がありますよってことだけで、それを真に受けて本当に採用するかは相手次第だ」
「なるほど」
長々と話をしたが、結局こちらは提案をするだけで、本気でやるかどうかは相手次第だ。
ここまで説明した結果、やっぱりやめますとなることも十分にあり得る。
そしてドラ子は、今日一番の笑顔で言った。
「じゃあ、設計サポートに相談してくれ、で丸投げしてもいいですよね?」
「…………まあ、いいんじゃない?」
そして、ドラ子が設計サポートに丸投げします、という回答方針を提出し、ゴーレム部長に却下されるのは十分後のことであった。




