93 お問い合わせ『Solomonを面接に使いたい』3
お問い合わせ内容
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お世話になっております。
このようなお問い合わせが適切かどうか定かではないのですが、他に手がないため質問させていただきます。
当社面接担当より『ダンジョン面接』なるものを聞きました。
いわく、人は追いつめられた状況でこそ本性が出るため、ただの面接よりも命の危険がある状況で面接を行う方が求める人材とマッチしやすい、という話らしいです。
それを真に受けたわけではありませんが、一理ありと考えるところもあり、試しに運用してみたく思います。
そのため、面接に使えるSolomonの機能をご教授いただきたく思います。
「まず最初に言っておくが、Solomonはダンジョン管理術式だ。故に、面接を想定した機能なんてものは本来存在しない。また面接用ダンジョンなんてものも当然想定しちゃいない。ウチでやってるダンジョン面接は純度百%のジョークだからな」
回答をする上での基本方針として、メガネは最初に告げる。
「だから、本気で回答するつもりなら、面接に焦点を当てるのではなく、どういったダンジョンを作りたいのかを丁寧にヒアリングしてから、求める機能を洗い出す工程が必要になる」
あえて面接という視点を取り除けば、顧客のお問い合わせはシンプルなダンジョン設計に関することになる。
面接に来る相手を『冒険者』、求める人材の特徴を『推奨レベル』や『特攻技能』なんかに当てはめて行けば、面接という部分をノイズとして無視することができる。
ただ、そうするには、設計サポート並の顧客との意思疎通が必要になるだろう。
「そこまでしたいか?」
「いやです。面倒くさい」
「正直な奴だ」
歯に衣着せぬ後輩の物言いに、メガネは苦笑いを浮かべる。
だが、メガネとて同感だ。保守サポート部は、あくまでSolomonを正しく利用する上で問題になることを解決する部署だ。
例えば不具合の対応だったり、顧客が求めている動作に対する提案だったり、基本的にはSolomonの使い方に対する疑問に答えるのが仕事になる。
顧客の要望を洗い出して、一からダンジョンを作る手伝いをするのは、本来の仕事ではない。
……たまに、顧客満足度のために、参考情報で踏み込むことがあるのはご愛嬌だが。
とにかく、保守サポート部としては、そこまでダンジョンの設計に関わる仕事をするのは本意ではない。
今回の場合なら『どういった冒険者を求めているのか』を明確にしながら、設計サポートと一からダンジョンを作り上げるのが一番だろう。
「じゃあ、設計サポートに相談してくれ、で丸投げして大丈夫ですか?」
「それでも構わないが、そうなると顧客満足度には響くかもしれんな」
顧客満足度──ようはアンケートの数字のことである。
基本的には、保守サポート部各個人の評価に関わっている数字と思われているが、内情はそれだけではない。
実は、このアンケートの数字を、会社の上の方はそれなりに意識している。
基本的に、お客さんはなんの不満もなければアンケートは全て1(満足)で回答するものだ。
この数字が2(やや満足)以降であれば、そこには必ず不満が含まれている。
だから、会社の上の方はこの数字にチクチクと文句を言ってくる。
『なぜ、アンケートの結果が悪いのか? しっかりと仕事をしているのか?』という上からの文句を、その岩のような背中で受け止めているのはゴーレム部長なのである。
……ゴーレム部長が何も言わないので、知っている人間は案外少ないのが、ゴーレム部長がゴーレムたる由縁であろうか。
とにかく、保守サポートに関係ない質問までぶん投げられた上で、アンケートの数字が悪いだの言われるのはおかしな話ではあるのだが、そんなことを分かってくれる上層部であるならば、ブラック寄りのグレー(ここ重要)な会社にはならないのである。
とはいえ、下っ端が部署全体の評価を考えても仕方ないので、それをわざわざ説明することもなく、メガネは結論だけ述べる。
「だから、顧客のために、少しくらいは提案しても良いだろうな。回答の流れとしては『こういう機能は面接に役立つと思うが、それはそれとしてしっかりダンジョンを作りたいなら設計サポートに相談してくれ』って感じだ」
「そんな、面接におあつらえ向きの機能があるんです?」
「無くはない。というか、お前もダンジョン面接の時に通過してる筈なんだけどな」
「…………なるほど?」
「絶対分かってない『なるほど』やめろ」
じとりと後輩を睨む眼鏡。ドラ子は目線を逸らした。
「……ここでピンと来て欲しかったところだが、まあいい。面接に限らないが、通るものを選ぶ、という観点で見ると『条件を満たさないと開かない扉』は面接に使えるだろう」
「ああ! あの『○ックスしないと出られない部屋』の扉!」
「女の子!!」
あけすけな物言いの後輩女子の頭を、思わずチョップしてしまったメガネを誰が責められようか。
Solomonにおいて『条件を満たさないと開かない扉』に正式名称はない。
なぜなら、その『条件』は通常の扉を設置するときに、任意で設定できるものだからだ。
しかもその条件は、Solomonが観測できる範囲でかなり自由に設定ができる。
例えば、必要以上のステータスが無いと開かない扉。
単純に相手の筋力を求めるなら重くすれば良いだけだが、相手の魔力を求めたり、敏捷性を求めたりするには、ステータス条件を設定することで対応できる。
どうやってそのステータスを数値に変換しているかと言えば、ギルドカードの術式を作っている提携会社の測定方法をそのまま流用していたりする。
例えば、特定のアイテムに反応して開く扉。
通常の鍵で開くタイプの扉ではなく、そのフィールドのボスを倒した時のドロップアイテムをキーとして開く扉、なんてものも条件を付ければ設置できる。
関連イベント機能でそのまま連動させても良いのだが、その辺りはダンジョンマスターの趣味によるだろう。
他にも、特定の動作や、特定の人種、逆に何か条件を満たしてしまったら開かない扉などなど、色々設定もできるのがSolomonの『扉』なのである。
……ドラ子が言ったようないかがわしい条件も、少し工夫すれば設定できなくもないのがアレだが。
「まぁ、面接に使うとなれば、特にオススメできる条件は二つくらいか」
「……『面接を通りたかったら、分かるね、ぐへへ?』」
「○ックスしないと出られない部屋から離れろ」
もう一度チョップをお見舞いするか少し悩んでから、メガネは答えを言った。
「一つは『質問に答えないと通れない扉』、もう一つは『特定のアライメントじゃないと通れない扉』。この二つは、面接にも役に立つだろう」
条件付き扉シリーズの中でも、前者は特に有名なものだろう。
俗に言う『謎かけ扉』とか『なぞなぞ扉』とかいう奴だ。
使い方は至ってシンプルで、扉が通ろうとする者に謎掛けを出し、答えられたら通すというだけのもの。
この答えをどの程度の範囲で認めるか、といった柔軟性の違いはあるが、概ね融通は利かないほうである。
「つまり、扉に面接の真似事をしてもらうってことですか?」
「そういうことになるな」
「……上手く行きますかそれ?」
ドラ子は少し考えてから、疑問を呈した。
「例えば『弊社の経営理念を答えろ』みたいな答えが一つになる問題だったら、調べてる人とそうでない人で分けられそうですけど──『弊社を志望した動機を答えろ』とかだったら答えが一つになるわけじゃないじゃないですか。そういうのには使えないし、面接に使うには些か厳しい気がするんですけど」
更に言えば、通常の面接でもそうだが志望動機が本心である保証はどこにもない。
扉に嘘を見抜く機能が付いてない以上、謎掛け扉はどこまでいっても謎掛け扉だ。
知識や、咄嗟の発想力を計る用途になら使えるかもしれないが、それならテストを受けさせた方が早い。
わざわざダンジョンでやるメリットが見えなかった。
「ドラ子の言うことはもっともだ。だが、顧客も言ってただろう。ダンジョン面接の利点を」
「……顧客が言ってたのって、追いつめられた状況でこそ本性が出るとかですか?」
「そう。だから、謎掛け扉はそういった状況を作り出して設置するものなんだよ」
いまいちピント来ないドラ子に、メガネが簡単に説明する。
例えば『この先、真実を告げることで開く扉』とまずお知らせしておく。
次に、明らかな真実によってのみ開く扉をいくつか設置した部屋を作る。
そして本命の『弊社を志望した動機を答えろ』の扉を設置した部屋に辿り着いたら、とりあえずそこに閉じ込めてモンスターパニックを発生させる。
「その状況で、扉は『何でも良いから四回答えたら開く』とかに設定しておけば、命の危険に晒された冒険者(就活生)は、四回目くらいになりふり構わず本当の志望動機を答えてくれるって寸法よ」
「うわぁ、悪辣」
人の命をなんだと思っているんだ、と言いたくなったドラ子だが、どうせアバター再生成式ダンジョンだから本当は死なないのだろう。
「もちろんこれは極端な例だが、基本はシチュエーションの組み合わせだな。何故かこういう扉は嘘を吐かないみたいな風潮があるが、設定するのはダンジョン側の人間なんだからいくらでも嘘吐いて追いつめたらいい。グループ面接形式にして、わざと仲間割れを誘発させるような条件設定しまくっても、最後まで聖人貫いた奴とか絶対使えるぞ。それが嘘でも本当でもな」
「たかが会社の面接で、人間をそこまで追い込む必要あります?」
「無いと断言するが、わざわざダンジョン面接を行いたいって言うからには、そういうことなんだろう」
少し考える。
そうかな……そうかも。
始めからダンジョン面接というものに否定的だったドラ子としては、確かに、わざわざダンジョン面接をしたいと言うからには、それくらいやった方が良いのかもと思えてしまうのだった。
「他に、面接を受ける人間の中にわざと仲違いをさせる役を入れておいて、就活生を積極的に追いつめて行くのも手法としてはありだが、流石にSolomonのサポート範囲からは逸脱するな……」
「…………」
いやでも、この先輩は単純に、人を苦しめるのが好きなだけかもしれない。
魔王城で評判激悪の絡繰り屋敷を作ったメガネを見て、ドラ子はそう思い直すのだった。




